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リートリンの覚書

縄文時代2


縄文人の生活・1

縄文時代の人々は、
大きく変化した新しい環境に
対応していきました。

とくに気候の温暖化にともなって
植物性食料の重要性が高まり、

前期以降には
クリ・クルミ・トチ・ドングリなどの
木の実やヤマイモなどを
採取するばかりでなく、

クリ林の管理・増殖、
ヤマイモなどの保護・増殖、
さらにマメ類・エゴマ・ヒョウタンなどの
栽培もおこなわれたと思われます。

また一部に
コメ・ムギ・アワ・ヒエなどの栽培も
始まっていた可能性が指摘されていますが、
本格的な農耕の段階には
達していませんでした。

土堀り用の
打製石斧(だせいせきふ(石鍬・いしぐわ))、
木の実をすりつぶす
石皿やすり石なども出土しています。

狩猟には弓矢が使用され、
落とし穴などもさかんに利用され、
狩猟のおもな対象は
ニホンシカとイノシシでした。

また、海面が上昇する
海進(かいしん)の結果、
日本列島は入江の多い島国になり、
漁労の発達を促しました。

このことは、
今も各地に数多く残る
縄文時代の貝塚からわかります。

釣針・銛(もり)・やすなどの
骨角器(こっかくき)とともに
石錘(せきすい)・土錘(どすい)がみられ、
網を使用した漁法も
さかんにおこなわれていました。

また、丸木舟が各地で発見されており、
伊豆大島や南の八丈島にまで
縄文時代の遺跡がみられることは、
縄文人が外洋航海術を
もっていたことを物語っています。


縄文海進


貝塚が奥地にあるのは、
完新世の温暖化で、
氷河が溶け海に流れ込み、
海面が上昇し海が内陸に
進入(縄文海進)したからです。
その後、陸地の隆起などで
海岸線は後退しました。

出典:葛飾区ホームページ

貝塚

貝塚は、
縄文時代の人々が食料とした貝殻や、
道具である土器・石器・骨角器が
捨てられて堆積した遺跡です。

貝殻のカルシウム分によって残った
人骨や獣・魚類の骨が出土し、
当時の生活や自然環境を知る上で
重要な資料となっています。

人体を埋葬することも多かったため、
単なるゴミ捨て場ではなく、
再生を祈る宗教的場所とする説もあります。


大森貝塚

京浜東北線の
大森駅北側(東京都)に位置する
縄文時代後期~末期の貝塚。

1877年、アメリカの動物学者モースが発見し、
発掘調査され、
これが日本の近代科学としての
考古学研究の始まりとなりました。


モース(1838~1925)

明治時代のお雇い外国人。
日本にダーウィンの進化論を紹介しました。


縄文時代の道具

時代に採取に使われた道具

・磨製石斧
出典:Wikipedia

・土堀用の石斧

・石皿とすり石
出典:呉市ホームページ

骨角器(こっかくき)
動物の骨・角・牙などでつくられた、釣り針、もり、矢じりなどの道具


縄文時代に狩猟に使われた道具

・石鏃(せきぞく)
石鏃と棒はアスファルトで装着
出典:Wikipedia

・石槍

・石匙(せきひ・いしさじ)
皮をはいだり、切ったりする道具

・落とし穴
落とし穴を作りイノシシなどを
追い落としたと思われます。
底に杭を打ち込んだ跡があるものも
見つかっています。


縄文時代に漁撈に使われた道具

・銛(もり)
銛には固定銛と、
獲物に突き刺さると
先端部分が離れる離頭銛があります。

・やす
柄を握ったまま獲物に突き刺す

・釣針

・石錘(せきすい)
魚網のおもりに使用。
出典:Wikipedia

・丸木舟
杉の巨木を半分に割り、
火で焦がしながら石斧で削ってつくる。
出典:Wikipedia


縄文時代の生活。
いかがだったでしょうか。

段々と現代の生活に近づいてきましたね。

自分は高校時代、
世界史を選択したので、
高校の日本史、中々興味深い。

特に縄文時代は、
気になっていた時代ですので、
調べてみて楽しいです。

さて本日の記事で気になったのは、
縄文海進です。

昨今、地球温暖化?と叫ばれています。
(自分としては、疑問がありますが)

あちこちの氷山が溶けているのも事実。

縄文時代は、
現代より気温が2度ほど高かったと聞きます。

つまり…
縄文海進の頃の海岸線と
同じになるかもしれない。

ヤバイ😱

あなたの住んでいる所は、
大丈夫ですか?
(うちはアウトです。引っ越ししたい)

気になる方は、
こちらのニュースをご覧にください。


それでは、
今日はこれにて。

明日も縄文時代シリーズ続きます。

読んで頂き
ありがとうございました。








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