9月も終わりだね。
これも名曲!
1880年にヴェスヴィオ山の山頂までの登山鉄道(ケーブルカー、イタリア語では「フニコラーレ(Funicolare)」)が敷設された。
当初は利用者が少なく、運営会社が宣伝曲を作ることを考えたんだ。
この曲は世界最古のコマーシャルソングともいわれているよ。
「フニクリ・フニクラ」とは、フニコラーレの愛称。
歌詞はナポリ語で書かれていて、内容は、登山鉄道とヴェスヴィオを山を題材として、
男性が意中の女性への熱い愛と結婚への思いを歌い上げるというもの。
なんでこれが「鬼のパンツ」になったのか?
日本人にとってはある意味「不朽の名曲(迷曲)!」
この歌はロンドンの売れないバンドが歌ったメロディーに、ニューヨーク生まれの人気歌手が
フランス人の訳詞家によるフランス語バージョンを歌て大ヒットさせたんだ。
不思議な巡り合わせだね。
東京オリンピックの男子バレーボールでフランスが金メダルを獲得した後に
会場でこの歌が流れていたよ。
幸せ感いっぱいの歌だね。
「素晴らしすぎて発売できません」
アルバム「COVERS」は「ラブ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」の歌詞が原因で発売中止に。二曲とも原発と放射能が歌い込まれていた。前者は「核などいらねえ」「放射能はいらねえ」と歌い、後者ではテレビが流す原子力安全神話や原発が増え続ける日本列島への警鐘を鳴らしていた。
それが問題となった。
発売元のレコード会社、東芝EMIは東芝の子会社。
原発推進の親会社の意向であることは明白。
間にはさまった当時のレコード会社の統括本部長が
「このアルバムは素晴らしすぎて発売出来ません」というコピーとともに
発売中止の新聞広告を出すことになった。
当初の発売予定は8月6日、広島の平和記念日。
急遽キテイレコードから発売になったのは8月15日、終戦記念日だった。
一旦発売中止になったアルバムがそれだけ短期間に他の会社から出ること自体が異例。
それだけ業界でも波紋を呼んだアルバムだった。
「COVERS」は、彼らにとって初めてのアルバムチャート一位となった。
忌野清志郎は、発売中止に反発して、翌年、覆面ゲリラバンドTHE TIMERSを結成、
更に政治的な主張も交えたアルバム「THE TIMERS」を発表、過激なライブを展開していった。
東芝は2007年にはEMIを手放し、音楽業界からも撤退。
その東芝は、原発が原因で傾き中国の会社になってしまった。
音楽が予見していることが少なくないと思う。
「COVERES」から22年後の福島原発の事故がそれを証明している。
アルバムの、清志郎の魂は生き続けている。
1988年発売 「COVERS」収録曲。
忌野清志郎、渾身のライブ。
当時は原発が37基だったみたい。
どんどん増え続けて、今は54基。
しかも現在も山口県で新規建設計画が進んでいる。
僕は子供の頃、福島原発の見える海岸で泳いでたんだ。
原発なんて、もういらねえ。
神様も読めないことを唄にした天才。
忌野清志郎はホントに凄い。
何年も前に、人が言えないことを訴えていた。