今ね、会社の昼休みに「私のあしながおじさん」を見ているの。
まだ見始めたばかりなんだけどさ。
ちなみに、フジテレビオンデマンドです。
月額税抜888円かかるんだけど、なかなかいいよ。
🌟🌟🌟
その前は、「小公女セーラ」を見ていたし。
「北の国から」も時々見てる。
「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」も見ていた。
これらについては、またいつか書くね。☺
🌟🌟🌟
「私のあしながおじさん」。
原作は、あんまりちゃんと読んでない。
でもおおよその中身は知っています。
孤児院育ちのみなしごジュディが、
思いもかけず後見者(あしながおじさん)を得て、
晴れて高校進学を決めたところ。
まだ、物語の最初の最初のとこだからね。
🌟🌟🌟
この世の幸運をひとりじめしたかのように、張り切るジュディ。
まだ見ぬ高校生活に夢を膨らませています。
私なんかからすれば、
「高校に行くのがそんなに嬉しいかぁ??」っって感じだけど(笑)
言うまでもない。時代が違います。境遇が違います。
この物語が書かれた、かの国の、かの時代の、しかもみなしごさんとでは。
🌟🌟🌟
もっと子どもの頃、つまり、まだ学校に行ってた頃ね。
こういう話を読むたびに、思ってたよ。
「学校にいくのがそんなに嬉しいかぁ???」
赤毛のアンしかり、リンバロストの乙女しかり・・・
🌠
↑昆虫の標本を売り(!)自分で学資を稼ぎながら高校へ通う少女の話↑
🌠
その頃に読んだ物語の主人公。
貧しかったり、親がいなかったりする子どもたちは、
みんなそうだった。学校に憧れていたんだよね。
🌟🌟🌟
彼らにとって、学校に行くということは、胸踊る喜び以外の何ものでもなかった。
学校に行けない彼らは、ただ来る日も来る日も生活のために、
働くしか道はなく。彼らに選ぶ権利などまるでなかった。
だからこそ、そこから抜けられる学校は、どんなにか素晴らしく・・・・・
子どもにとっての労働が、つまりはそれほど辛かったということ。
🌟🌟🌟
これは遠い外国のおとぎ話に限らない。
この国だって、ついこないだまではそうだったんだ。
もちろん、子どもの頃は、そこまでわかんなかったけれど。
🌟🌟🌟
子どもが生活のために働くということ。これがどんなに辛いか。
私には想像しかできんね。
子どもは学校にいくのが当たり前。
それどころか、働くと法律で罰せられる。
そんな時代に育った私たちには。
🌟🌟🌟
でね、でね。その一方で、貧しいわけでもないのに、なんと!
物語の中には、あえて学校に行っていない子どもがいたのです。
これも衝撃だったなぁ。
🌟🌟🌟
若草物語のベス。
彼女は、ひどいはにかみやで、
(これは死語かもよなあ?すなわち恥ずかしがりやのこと。)
学校を好まなかった。
家で家事をやったり、ピアノを弾いたり、猫と遊んだり。
それが彼女の生活のすべてだった。
🌟🌟🌟
うらやましかったなぁ。
学校なんて嫌いだった。
はにかみやだから。なんて理由で学校に行かなくてもいいのなら、
私だって行かなかったよ。
🌟🌟🌟
気が弱く大人しかった私は、
はっきり行って、いじめっ子たちの格好の餌食でした。(笑)
家の中で本を読んだり、絵を描いたりするのが大好き。
それしかしたくなかったのに。
昔の親は厳しかったのかね。
それとも、そんな私を心配してか、
ひきずるように外に連れ出し、近所の子どもたちと無理やり遊ばせた母。
・・・・苦痛でしかなかった。
どんだけ恨んだかわからない。
学校だって海千山千のいじめっ子たちがいっぱいで、
私はほんとにいやだったんだ。😤
🌟🌟🌟
でもよぅ。なんだろうなあ。
こういう物語を読んだおかげで、
「行かなければならないもの」であった学校が、
「そうでもないらしいぞ?」みたいに見えていたことは確か。
・・・・とはいっても、行ってたけどね。(笑)
物語の中の世界に、憧れながら。
🌟🌟🌟
学校に行っていた頃は、今となっては、はるか昔。
ヨカッタ思い出よりは、イヤダッタ思い出のほうが多いし、
あの頃に戻りたいなんて思わない。
思わないけど、あれらの物語は懐かしい。
子ども時代に出会い、私を救ってくれた物語たち。
🌟🌟🌟
学校がもっとありがたくて、それでいて、大したものじゃないんだよって。
そう思わせてくれた。
あんなものは、それほど行かなくちゃいけないものじゃないんだって・・・・
そんな世界を見せてくれた、あの物語たちが今も好きです。
:・゜。*:・゜。*:・゜。*:・゜。*:・゜。*:・゜。*:・゜。*るなこ