料理人の悩み

　トントントントントン。
　まな板の上で包丁がリズミカルに動きます。
　緑色のネギがあっという間に細かくなっていきます。
　砥いだばかりの刃物は気持ちがいい。
　あっ。
　ネギがひとつコロコロ転がって床に落ちました。
　包丁を持つ手を止めます。
　拾うか。それともネギを全部切ってからにするか。
　落ちたネギは、ちょうど足もと。ちょっと姿勢を変えたりしたら踏んでしまう場所にあります。
　途端に集中力が途切れます。
　このまま続けたら手を切るかもしれない。
　包丁を置き、屈んでネギを拾って捨てました。
　手を洗います。
　ネギ切り再開です。
　トントントントントン。
　あっ、また落ちた。

銅のフライパンでパンケーキが美味しい理由

　ノートパソコンを長い時間使っていると、キーボードの上の方が熱くなってきます。
　やがてファンの音が耳につくようになり、これは壊れるのではないかと不安に。
　そんなとき、10円玉を熱くなっている部分に置くと放熱されます。なぜなら10円玉は銅でできていて、銅は熱伝導率がいいからだそうで。
　そんなことをテレビの情報で知りました。
　10円玉を一列に並べます。
　一番左端がすぐに熱くなり、冷たい10円玉と交換します。
　2番目も熱いので交換。3番目も交換。
　一番端がまた熱い。交換。
　気になってしかたがない。

あるから使う

　どこに行っても入口にアルコール消毒液があるので、手にひと吹きするのが身についてしまいました。
　宝くじ売り場にもハンドジェルがありました。
　ひと押しすると、待ち構えていた手の平ではなく、その上、脇に挟んでいた鞄に向かってきました。
　よける間もありません。
　鞄にジェルがべっとり。布でよかった。
　ジェルはノズルが詰まってしまうと、予想できない方向に飛んできます。
　以前も、別の店で同じことがありました。
　シャツにべっとり。麻でよかった。

優雅に髪を切るところ

　駅の改札から真っ直ぐ20メートルほどの場所に1000円カットの店があります。
　消費税の引き上げで1200円になって久しく、「1000円カット」と呼ぶのは正しくありませんが、この呼び方は「1200円カット」よりしっくりきます。
　店の前の椅子に、男性が1人座っていました。店内から続く順番待ちの人です。
　中に入ると、待っている人はひとつおきに座っているため3人しかいません。4人目から外に出なくてはいけないのです。
　自販機でチケットを買って、5人目の丸椅子に座りました。
　しばらくして前の人が店の中に入り、1人になりました。
　これは何かの罰ゲームでしょうか。ちょっと寂しい。
　とはいっても、改札から出てきた人たちは、ここに座っている人間を注視しません。
　こちらから一方的に眺めるだけ。
　カフェのテラス席にいるようなものかもしれません。
　コーヒーがないだけ。

そして家にとどまる

　ずっと雨模様の日々。
　それだけなら外出をためらうほどの理由になりませんが、感染を気にすると無理に出かけなくてもいいだろうと思います。
　外出をする理由がないのに、なんとなく出かけることが気晴らしになったりします。
　ただきっかけがあると出かけやすいので、乾電池を買おうとか、新しい掃除機を見に行こうとか、小さな理由を探します。
　でもいま小さなきっかけは、もっと大きな、リスクを負うことはないという理由に押し切られます。
　差し迫った理由があれば、近場なら出かけたいのですが、どれもこれも今日でなくてもいいことばかり。
　そうやって一日が過ぎてしまうと、まあ雨だし、出かけなくて良かったよ、濡れなかったからと、正当な理由を見つけたような気分になります。