まっしゃんの雑事記

 日々の興味のある出来事などを、気ままに書いていきたい。
特に、郷土史には力を入れたい。

昭和の思ひ出 セセキ(瀬石)温泉

2020年11月29日 | 日記
1986年昭和61年6月中頃、日産ダットサントラック4×4を購入して早速、慣らし運転を兼ねて、敦賀から北海道小樽に着くカーフェリーに車を乗せて、道東を車で一人旅をした。
 目的の一つが知床半島の温泉に入ること!知床半島にて最初に向かった温泉は、滝つぼが温泉になっているカムイワッカの滝。当時は車を止めてから滝までだいぶ歩いた記憶がある不便な所ではあったが、先客に数人の男女グループがいて誰も入浴しておらず、自分一人が裸になる勇気もなく入浴を断念。翌日半島東岸中間あたりにあるセセキ温泉に到着。上の写真の右下に写っている(切れていた)石で丸く囲って湯舟らしきものが一つあるだけで、道端にセセキ温泉と小さな看板一つあるだけで、脱衣所もなく先客もおらず、まさに野趣あふれる海岸縁の温泉であった。近くまで車を止められたが、温泉の周囲は昆布を広げて並べる作業(上写真左下に昆布が写っている。羅臼昆布で有名)の真っ最中で、ものすごく躊躇したが旅の恥は搔き捨てと、トランクス一丁(さすがに全裸は無理)になって温泉に浸かった。湯温はぬるめで海水を温めただけ見たいな湯で、その時の北海道は低温が続いていて十分浸かったつもりでも寒かった記憶がある。続いてもう少し半島先に向かって走った所に相泊温泉というのが同じく海岸にあるのだが、湯舟らしきものが砂利に埋まり浸かれる所は無かったが、近くの海水はほんのりと温かかった。(写真、相泊温泉と私)私が行った1986年の6月北海道は、梅雨がないと言われていたが、滞在していた7日間で晴れたのは1日で、曇り又は雨ばかりで寒い日が続いた。夏服ばかり持って行って寒かった記憶があり、旭川の繁華街の夜をサマーセーターで歩いているとジロジロ見られ、入った居酒屋では隣客の女子から「観光客の方ですね、寒くはないですか?」と聞かれた。すれ違う人は冬服で、ダウンを着てる人も結構いてて、吐く息が白い中夏服の自分はまさに浮いていた‼
羅臼のヒカリゴケの洞窟とマイカー(右)

日本ゴルフ事情考

2020年11月19日 | 日記
 ここ二三日暖かく絶好のアウトドアスポーツ日和で、まさにゴルフ日和であった。紅葉も見頃で最高の気分でプレーされたであろう。しかし、近年のゴルフ場はどうも先行きは暗い。2000年初頭は1300万人超のゴルフ競技人口も今年は500万人台とピーク時の半分を超える減少となったそうだ。地方のゴルフ場は倒産しコース上に太陽発電パネルが置かれたり、あるいは外資に吸収されたりとどうも明るい話題がない。高齢者社会に向かっている日本で、ご多分に漏れず近頃のゴルフ場は60歳代以上の方々が競技人口に結構占め、今年に入ってのコロナ禍でプレーを控えられたり、会員権を手放されたりと減少に拍車がかかってしまった。(九州のゴルフ場では、中国や韓国の客が激減したので苦しんでいると聞いたが…)ある名門ゴルフ場では減少に歯止めをかけるべく、高齢者に配慮してバンカーを少なくして難度を下げたり、コース間の移動を楽にしたり、それまでコース上は歩行で移動していたのを、カート利用に変更も検討されてるという。他のごゴルフ場も料金を下げたりして手軽に利用できるようにとか、色々と工夫はされてはいるが、若者をゴルフ場に呼び込む効果はまだまだ限定的であるようだ。ゴルフブームが戻ってくるためには、日本人男女ゴルファーが海外で大いに活躍すれば、それがひとつのきっかけとなると思っている次第である。(写真:11月18日奈良国際G.C 2番H)


金剛・葛城山

2020年11月15日 | 日記
 11月15日は朝よりよく晴れて小春日和の一日となった。ちなみに小春日和とは11月から12月にかけての、初冬の頃の穏やかで暖かくよく晴れた日の事をいうのであって、決して初春の頃に使わぬように。
 さて写真は今朝友人のIから「今日は金剛、葛城の縦走にチャレンジ!」とメールが来た。無事に完走したとのことだが、アラシックスの身ながらタフな奴である。写真はそのIからメール添付されたものだが、これは金剛山山頂から北方向の葛城山を撮ったものだが、私が所有している1966年製の登山地図を貼り付ける。位置関係が同じなので参考にしてみて!
 その昔、金剛・葛城は修験道であり、序品和歌山県加太の友ヶ島より和泉、金剛葛城山脈を経て二十八品奈良県三郷の亀の瀬までの葛城二十八宿と呼ばれ行場や経塚がおかれた。今日でも山中に寺跡や石仏・石碑・石塔など多数みられる。私は、両山とも20数年前ロープウェイを利用の登山で何ら歴史を顧みる事無く下山していたので、是非とも次回はわが足で縦走を目指したい。

今日は節分

2020年11月06日 | 日記
 昨日は明治節で今日は「節」繋がりで一言。明日11月7日は立冬、つまり今日は節分である。今朝気象協会の人がラジオの天気予報で、今日は節分と言っていた。私は、立春の前日2月3日だけが節分というと思っていたので、早速広辞苑をみてみると季節の移り変わり時、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日を節分というと書いてある。知らなかった・・・。(;´∀`)
 天気予報では明日雨の後、来週は寒くなるとのこと各人ご自愛くだされ。(写真は今年10月12日木曽駒ヶ岳のロープウェイより撮影)

文化の日

2020年11月05日 | 日記
 先日3日文化日だが、あるラジオ番組で「文化の日は昔天長節と言いまして、戦後文化の日に変わりました」と団塊世代のパーソナリティが何度もの賜っていたが、間違いだ。正しくは明治節で明治天皇の誕生日である日を明治節として戦前に祝った。天長節とは今上陛下の誕生日を祝う日である。大正生まれの父と昭和一桁生まれの母は、この日は学校の講堂に集められ明治節の歌を歌って紅白饅頭をもらって帰ったそうだ。明治も遠くなりにけりで祖父は明治30年生まれで、生きていれば123歳になる。明治生まれの方はもう一握りしかおられないと思うが一日でもお元気で長生きされる事願う。それは明治の生き証人であるから。(明治神宮写真Wikipediaより)