令和3年の若草山焼きが先日23日土曜日の夜行われたが、金曜日から降り続いた雨のせいで全く火がつかなかった。今回はコロナ禍のためライブ配信で山が燃え上がる映像が流れ予定であった。しかし、点火合図の花火が数発上げられ、雨の降るなか火付け役の人が、バナーで塗れた枯草をあぶってはみたが、無情にも煙ひとつ上がらず直ぐに中止となった。バカでも丸2日間降り続く雨の中火がつかないのは分かると思うのだが。何故、早く中止しなかったのか?後戻り出来ない理由は何なのか・・・。そもそも山焼きは、戦後ながらく1月15日成人の日の祝日の夜行われ、成人式を終えた新成人が奈良の街に集まり、山焼きを見物するのが風物詩の一つであった。しかし、成人の日の祝日の変更に伴い1月の第4土曜の夜となり、奈良市民であっても山焼きの日をカレンダーを見ないと開催日がわからないという事になってしまった。近年、神社の縁日が土日に変更されるのと同じく、何か複雑な気持ちになるのは私だけであろうか。※上写真は1月25日の若草山(ロート製薬棲霞園より撮影)
今朝所要で伝香寺にお邪魔した。このお寺はJR奈良駅と近鉄奈良駅の中間あたりにあり奈良市最古の率川神社の隣にあり奈良町にもほど近い。戦国武将の筒井家の菩提寺であり、奈良三椿のひとつ伝香寺ツバキ(武士、もののふ)がある寺で有名であり、境内にはいさがわ幼稚園を経営されている唐招提寺末の寺。
さて、今回は別の方向から当寺にスポットを当ててみる。隣の率川(いさがわ)神社、そしていさがわ幼稚園と川が登場するのだが何処に川があるのか?
実は昭和の40年代までは寺の前を川が流れていたのである。町名も小川町という。写真家入江泰吉氏の写真(新潮社、入江泰吉の奈良)より左下の昭和27年頃の写真を見て欲しい。
右は同じ位置から現在の風景。歩道下に暗渠になって川が流れている。その、もう少し上流は猿沢池の横を流れており、そこの付近は流れを見ることができるが、ほぼ菩提川に流れ込むまで暗渠になっている。
左は写真にも写っている橋の欄干の親柱(境内の庭にある)と右はお寺より50m上流の橋の名残(色が変わているところ下に川が流れている)。
猿沢池横を流れる率川。保育社萬葉大和路、入江泰吉
もし、伝香寺に来られることがあれば、付近に残る往時の川の名残をたどられるのも面白いかも。以上まだまだ当寺の事を書きたいが続編は後日。
唐招提寺西山明彦長老(伝香寺住職兼)より頂いた色紙。上が欠けていて申し訳ない!
昨日3日、AmazonよりSVBONY SV503鏡筒が届いた。2日に小物が届いていた。半世紀近くまえにビクセンの6cm屈折を買ってもらい、一時は夢中になったがその後冷めてしまった。昨年あたりからまた星空に興味が湧き、ビクセンのアスコット7×50の双眼鏡を買って、秋に星空ツアーに参加した。しかし、以前ブログに載せたが最悪の阿智村であった。それにめげずやっと天体望遠鏡を手に入れた。なんせど素人なので初心者向けの望遠鏡はと、YouTubeなどのを参考にしてビクセンのポルタII ED80Sfを買おうかと迷ったが、SVBONY社の製品はコスパに優れていてそうなのでこの写真の物に決めた。貧乏人の少ない小遣いを貯めて買うので、目一杯の物を買ったと思っている。休みの間に今すぐにでも出かけて覗いてみたいのだが、悲しいかなまだポルタⅡ経緯台が注文してるのだが入荷はひと月待ちといわれてしまった!う~ん悲しい😢今度は冷めてたまるか‼