John Steinbeck(ジョン・スタインベック)、The Grapes of Wrath(怒りの葡萄)。
これは人間の命の讃歌。
1939年発表の作品。アメリカではGone With the Wind(風と共に去りぬ)に次ぐベストセラーとなった。The Grapes of Wrath(怒りの葡萄)という表題は、そのメロディーは日本でもよく知られているThe Battle Hymn of the Republic(リパブリック讃歌)の…
Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord:
He is trampling out the vintage where the grapes of wrath are stored;
からとっているが、これも元をただせば、旧約聖書イザヤ書から来ている。
「我が愛する者は、良く肥えた山腹に、葡萄畑を持っていた。 彼はそこを掘り起こし、石を取り除き、そこに良い葡萄を植え、その中に櫓を立て、酒舟までも掘って、甘い葡萄のなるのを待ち望んでいた。ところが、酸い葡萄ができてしまった。…わたしは、これを滅びるままにしておく。枝はおろされず、草は刈られず、茨とオドロが生い茂る。私は雲に命じて、この上に雨を降らせない。」
Oklahomaに住む小作農のJoad一家は大恐慌、干ばつ、そして農業の機械化のあおりを受けて住み慣れた農地を追われ、古いトラックに家財道具を積んでCaliforniaへ向かいます。Route66は行き場のない農民たちであふれかえります。
しかし、楽園などどこにもなかった…。農場での僅かな仕事があっても、住む場所も無い貧しい農民たちは大農場主から搾取を受けるだけ。賃金は不当に引き下げられ、一家が一日中働いても、一日の合計賃金は夕飯代で消えてしまう。また、Oklahoma出身者に対する凄まじい偏見もあった。
この小説は、奇数章では当時の社会状況の記述があり、偶数章ではJoad一家の苦難の旅路が描かれていきます。壮大な社会小説と読めないこともありません。事実、アメリカではこの小説の内容に疑問を投げかける(保守派)の人々も少なくないと聞きます。実際、「私の国がこの小説のような国だと思わないでほしい。」と言うアメリカ人も知っています。
しかし、どれもこれも…ぜんぶ含めて、これは人間の命の讃歌。
人間が生きることの根源を見据えた、格調高い一大叙事詩であり、読者の人生観や世界観に深く入り込んできて、読者のその後の人生にも影響を及ぼすほどのパワーを持った作品だと思うのです。緻密な背景の記述と、登場人物の行動の細かい描写を通して、ある国の、ある時代の、ある家族の物語に終わらずに、普遍的で崇高な人間性の物語にまで高められているのです。
息子たちは、おんぼろのトラックを走らせるために、必死になって修理する。タイヤやエンジンが、弱りながらも再び動き出すところは、人間の姿と重なる。真っ赤な太陽、砂埃、雨、ぬかるみ…。この作品には、聖書の隠喩も多いと言われる。住み心地が良かった国営キャンプは、人間同士の信頼に基づいた秩序が保たれた束の間の楽園だった。最後の大雨は、ノアの洪水を想起させる。
Casyは元説教師だった。神の声を伝える使命を持ちながらも、俗物性から抜け切ることができない自分自身に苦しんでいた。何かを見出そうとJoad一家とともに旅をする中で、人間性の中に神性と呼べるものを見出した彼は、連帯を呼びかけながら非業の死を遂げた。
人は自然の中で、生を受けて、喜びや苦しみ、出会い、別れ、愛と絶望に彩られた人生の果てに、やがては、再び土に帰っていく。生きることは苦難の連続である。支配する者とされる者。その中でささやかな連帯が生まれて…それでも理想世界は遠い。連帯の必要性に気づく貧しい農民たち。一方では、虐げられた者たちのために立ち上がった革命家が、やがてはその者たちの手によって糾弾されていく人間社会の矛盾も、登場人物の言葉として語られていく。それでも、「他者との連帯」を初めて意識した父は、スコップを手に取り、周囲に者たちに働きかけて、キャンプが水没するのを防ごうとする。
若い頃、自分の不注意で妻を死なせてしまったことへの悔悟から立ち直れない叔父。母は言う。
「自分の罪を人に話すな。人に話せば、その人にも罪を負わせることになる。自分の中にしまっておくんだ」
追われる身になった主人公のTom。家族と離れる決心をする。ここで別れれば、再会できる可能性など皆無に等しい。母との永遠の別れを覚悟しながら言う。「どこかで、弱いものが声を上げているのを耳にしたら、その中に俺がいるものと思ってほしい…」
「人は、どんな苦しみの中にあっても、
それでも生きるようにと運命づけられているものなのだ」
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