見出し画像

And This Is Not Elf Land

Middlemarch

ジョージ・エリオット『ミドルマーチ』


「プライドと偏見」「オリバー」など、イギリス文学の映画の話題作が続いている。18-19世紀に書かれた小説が、時代を超えたドラマとして、今なお人々を魅了し続ける。おそるべしイギリス文学!(…なんて言っても共感者は少なかったりして)

中でも、私の一番のお気に入りは「ミドルマーチ」。

数年前、私の住む田舎町のレストランでミドルマーチ(翻訳版)を読みながらランチをしていたら、隣の席に中年の外国人女性が座った。私の住む町では、英語講師とし来日している若い外国人ならよく見かけるが、中年の外国人を見かけることはまずない。好奇心も手伝って、少し話しかけてみると、市内の中学校で英語指導助手をしている息子を訪ねて、シカゴから日本へ来たとのこと。シカゴでは小学校の先生をしていると、気さくに話に乗ってきてくれた。

たまたまミドルマーチを持っていたことから、George Eliotについての話もはずんだ。アメリカの多くのハイスクールでは「サイラス・マーナー」が課題図書になっているとか、彼女が男性名のペンネームをつけなくてはならなかった背景とか…。とにかく、初来日だった彼女にとって、日本人がGeorge Eliotを読んでいるのは驚きだったようだ。


さて、作品の話にうつりますが…

George Eliotは男性名を持つ女性作家。彼女の生きたヴィクトリア時代は、医学や科学の普及と共に、運命に翻弄されずに自らの力で人生を切り開こうとする人生観が生まれた。Charles Darwinの進化論はこの時代の大いなる産物である。彼女も当時の進化論に強く影響された科学的な聖書解釈に接して、信仰や人生に対して深い懐疑を抱くようになる。

ミドルマーチはEnglandの架空の地方都市。この小説は、そこにおける人々の生活のあらゆる面を描き、登場人物は50人にのぼる。

選挙法改正法案の通過、医学上の変革、鉄道の敷設、農業上の改革など、社会の種々の事件とともに様々な階層の雑多の人物が登場する。しかし、Eliotの興味はその中にある個々の人々の生活にある。人は社会の中に生まれおちて、社会の中に生活を営む。「生きる」とは現実のことである。彼女はそれを通して人間の生き方の本質を探ろうとしている。それは、本書に描かれている多種多様の人々の喜びや悲しみと共に、時間と空間の違いを超えて、全ての人々に通じるものである。

Dorotheaは現実を知らぬ理想主義者で、若さゆえに偉大なもの、深遠なものに惹かれて、どんな極端なこともしかねないようなところがあった。結婚相手も彼女に好意を寄せていた、若々しく生命力に溢れたSir James Chettamではなく、神学者のような人を思い浮かべるのだった。そこに現れたのが老学者で牧師のCasaubonであった。彼女は結婚相手を目的を達成する手段としてしか見ていない。同時にCasaubonも「若い女性に付き添われる慰めを確保してもいい時期」であろうと結婚する。早い段階で筆者が暗示しているとおり、この結婚は順調には進まず不幸な結果となった。

もう一人の主要人物は青年医師Lydgateである。ミドルマーチに最初に現れた彼は「平凡な町医者ではない」という印象を人々に与えた。実際、虚栄心に誘発されやすいLondonよりも、地方都市のほうが自らの方針を推し進めていけると信じていた理想家肌の医師であった。

病理学の研究と病院建設の仕事に心を注いでいた一方で、彼はRosamondの美貌に惹かれていく。次第に彼は外部の環境と内なる人間的な弱さとともに、次第に妥協していく姿を露にするようになる。彼は職業上、社会の雑多な刺激に塗れる環境にありながらも、社会生活をともにする人々と妥協できないことが不幸であった。

Eliotは敗北や挫折のみに人間存在の普遍性を見出したのではない。人間相互の関係は互いに影響し合っていく。苦しむ人間を思いやり、限りない愛を注ぐ人々との接触は光明をもたらすものである。

この作品の一つの中心はGarth一家である。Eliotの父をモデルにしたと言われるCalebは常に正確な仕事、忠実な企画の遂行をもって信仰の証として生きている人物であった。娘のMaryは父が人生観の支えとなり、終始変わることのない成熟した考えの持ち主であった。

MaryはDorotheaと同様に高い理想を持った女性であり、ひとりよがりで向こう見ずなDorotheaよりは冷静で、安定した行動をとる。このふたりの女性の対比も面白い。

Maryは現実主義で、自己満足的な世界に自らを閉じ込めるが、一方、Dorotheaは失敗の連続で大いに傷つきながらも、理想主義に基づく高貴な精神を持ち続けた。最終的には市井の既婚女性になるが、人間の持つ可能性の大きさを見せてくれるものだった。(私はDorotheaの方に惹かれる。)
 
この作品の時代背景は、政治的にも社会的にも変革が迫っていた時期であった。それらは人間の生活に多大な影響を及ぼすが、Eliotの興味は人知れず誠実に生きた人々への共感であった。

この時代に、ここまで緻密で、知性と情感に溢れ、機知に富んだユーモアのエッセンスも加えた傑作が発表されていたことは、やはりすごい。

それにしても、私は「長い」小説を好む傾向があるみたい。(短いと読んだ気がしない…?)しかし、全4巻、文庫本で計6000円はあんまりじゃありません?

そう言えば、件のアメリカから来た御婦人とも、最後は「最近は本が高くてねぇ。読書人口が減っているからでしょうか?」「あ~ら、アメリカでも同じですよ。」なんて話で盛り上がってしまったのでした。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Books」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2021年
2020年
人気記事