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皆さん、こんにちは。
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
本日2つ目のブログは休日にふさわしく、ゆるわだで、「君は真の笑いの神を見たか!奇跡のドラマ!市原隼人主演の「おいしい給食」のおすすめ」についてです。
皆さんは、今、東京MXで毎週月曜日20:00から放送している、市原隼人主演の「おいしい給食」を見たことはありますか?
いや、ほとんどの人がみたことはありますまい。
悪いことはいいません。「ぜひ、見てください!」
ストーリーは1984年。
ある中学校で働くコワモテのイケメン教師、「甘利田幸男(市原隼人 演)」。
どこか冷めていて、びしっとこわもてで、生徒を制圧する甘利田幸男。
仕事もたんたんとこなす彼だが、中学校で仕事をする真の理由がある。
それは「給食を心から愛している」ことだ。
彼にとって、給食は「究極の幸せの時」であり「飾らない美学」でもある。
彼にとって、日々の給食は「栄養を取る時間」でもなく「生徒との交流を楽しむ」ためでもない。
給食を、おのれの美学を追求した食べ方で、徹底的に味わい尽くすのだ。
彼は「給食絶対主義者」であり、給食への絶対的な究極の愛を持ち、それゆえ、給食を冒涜するものを絶対に許さない。
しかし、彼は「給食を愛していること」「給食を何よりも楽しみにしていること」をだれにも話せない。なぜなら、生徒に対する彼の威厳が失われるから。
大人が給食を人生最高の楽しみにしていることなど決して知られてはいけないのだ。
そんな彼が苦手とする生徒がいる。
「神野ゴウ(佐藤大志 演)」。
その生徒は「給食の達人」である教師、甘利田を超える「給食の神」であり、甘利田を超える究極の給食の食べ方を開発し、甘利田を打ちのめすのだ。
二人以外は誰も気が付かない、水面下での、究極の給食での食べ方バトルは、激しさをまし・・・・・・。
のようなどうでもよい給食バトルである(笑)。
ヒロインに武田玲奈、給食のおばさんにいとうまい子など、わきをかためる俳優陣もナイス。
とにかく、このどうでもよい給食バトルが面白いのである。
世代を問わず、多くの人が子供のころに経験した給食。
第一話 クジラの竜田揚げ
第二話 ミルメーク
第三話 ソフト麺(とミートソース)
第四話 八宝菜
そのテーマも懐かしい。
どの回も、「あったなあ」というノスタルジックな味わいと、感心するまでの給食の食べ方のこだわり、そして、給食を心から愛しているという様子に思わず、笑いがこぼれる。
そして、ばかばかしい給食バトルに、崇高さまで感じてしまうのだ(ほんとか)。
とにかくNO1の食ドラマである。
ぜひ、見てほしい。
こういうどうでもいいものを最高のものに仕立てる素晴らしさ。
秀逸である。
市原隼人。あなどれない。
皆さん、こんにちは。
プロ研修講師・プロコンサルタント・東京都中小企業診断士協会理事・事業開発部長の青木公司です。
本日のブログは、「いつになってもラッセ・ハルストレム監督は素晴らしい。」についてです。
僕の趣味はテニス、マラソン、筋トレ、映画鑑賞、海外ドラマ鑑賞、飲み歩き」などがあります。
他にも漫画やアニメを見ることや将棋中継を見ること、スポーツ観戦などもありますが、とにかく子供のころからずーっと続いているものといえば、映画鑑賞でしょうか。
もう、小学校に上がる前からTVのなんたらロードショーなどは好きでしたし、小学校低学年からせがんで、映画には連れて行ってもらっていました。
過去から膨大な数の映画を見てきた僕が、トップ20位の中に入れたい映画を2本出している素晴らしい監督がラッセ・ハルストレム監督です。
その2本はギルバート・グレイプ(ジョニー・ディップやレオナルド・ディカプリオの出世作。特にディカプリオの知的障害を持つ少年の演技が秀逸)、サイダー・ハウス・ルール(トビー・マグワイヤやシャーリー・セロン出演)でいずれも素晴らしい出来。
特にサイダー・ハウス・ルールは僕の好きなジョン・アービング原作で、両方とも本当に美しい映画であり、人の素晴らしい交流を描いており、どうしようもない人の心を描いていて、本当に名作ですよね。
他にも、マイライフ・アズ・ア・ドックやショコラ、シッピング・ニュースなどいい映画がたくさんあります。
ただ、最近は特に理由もなく、ラッセ・ハルストレム作品は見ていなかったんですよね。
僕のワンダフル・ライフは、2017年の映画で、短い人生を何度も生まれ変わる犬と飼い主の交流を描いた映画です。
何度、生まれ変わって、いい飼い主にも、悪い飼い主にもあたるその主人公の犬ですが、終始、飼い主のことを考え、やさしく、そして飼い主に愛されるために本当に頑張る姿が素晴らしい。
また、それぞれの人が抱える心と人間模様、出来事が単なるハッピーエンドものではなく、さすがの人間社会の風刺と、心の動きを描き、テーマ性を持つラッセ・ハルストレム監督なのですが、シンプルに犬がけなげでいとおしい。
最後は、はるか昔に、その犬が飼われていた少年時代に飼ってくれていた飼い主が壮年期になった時に、本当に本当に遠い時間と道のりを超えて、犬が帰っていき、そして、不幸せに暮らしていた飼い主に幸せをもらたすところが本当に素晴らしかったです。
いつの時代になっても、何十年たっても素晴らしいハートウォーミングムービーを作ってくれる監督に感謝しました。
見てなかった彼の作品を見てみるのと、久しぶりに大好きだった映画たち、見てみようか。
そう思いました。
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皆さん、こんばんは!
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士のあお先生こと、青木公司です。
本日は「僕が子供の頃に読んだ「約束を守ったインディアン」について」です。
僕は子供時代から本を読むのが大好きでした。
これは100%、母の影響ということが言えます。
僕の母は、青森県出身でかなりの大農家出身ですが、子供のころから大家族で農家の仕事などをしながら、本を読むのが本当に大好きだったようです。
本当は大学にも行きたかったようですが、当時は女性で大学に行く人はまれで認められず、泣く泣く、教師になりたいという夢をあきらめたそうです。
だから、母は僕に教師になってほしいという夢があったそうです。
これはなんと、先日、はじめて聞きました。
えええ???全く知りませんでした。
ちなみに僕の小学校一年生から大学に入るまでの夢は「弁護士か三菱商事か三井物産の社員になること」だったし、それは大学に入った瞬間にあきらめ、その後、夢はなくなり、目標として、30歳までは「大手企業に入り、海外に携わる仕事をして、いずれは役員になること」になり、そして、その後、また夢として、「全国を飛び回って、大手企業から中小企業の経営者、ビジネスマンに経営コンサル、講師として、実践的メソッドとモチベーションがあがる話を通して、元気にしたい。」になり、ある程度、かなえることができるようになりました。
そういえば、そこにコンサル、講師として指導しているのは少しは母の夢もかなえたのかな。
そんな母でしたから、母も本を読むのが大好きで、よくたくさんの本を読んでいました。
そして、僕が本当に小さい1,2歳ころから絵本などもよく読んでくれました。
僕が言葉を早く覚え、周りから驚かれるほど、1歳代でぺらぺら話すようになったことも、文字を覚えるのが早かったのも母のおかげだと思います。
そして、父も自衛隊勤務なのでそんなに裕福ではなかったと思いますが、本当にたくさんの本を買ってくれました。
僕は学校や街の図書館で信じられないほど、たくさん、本を借りて読むのにです。
母が買ってくれた本には本当に良質なものが多く、面白く、モチベーションが上がるだけでなく、たくさんの学びがありました。
「野口英世」「エジソン」「ガンジー」「キング牧師」「ヘレンケラー」「豊田佐吉」などの伝記から偉人も最初から偉人であったり、恵まれていたわけではなく、大変な苦労の中から、いかに努力し、成長したか。そして多くの支援者のおかげで、そうなっていったかを学びました。
人は自分で力強く生きる存在であり、また周りに生かされている存在なのですよね。
そして、「ガリバー旅行記」「ハックルベリーの冒険」「スケートを履いた馬」「コンチキ号漂流記」、「ロビンソンクールソー」などを冒険心豊かにわくわくして読みました。
そういう中で、すごく記憶に残っている本の一つが「約束を守ったインディアン」です。
話のあらすじは、オナワンダという少年インディアンが、白人の神父に救われて、必ずいつかそのお礼をするという約束をします。
そして、その白人の神父の幼い子供兄妹が悪いインディアンの部族にさらわれたとき、オナワンダがその兄妹をたった一人で命がけで助けに行くという話だったと思います。
その悪いインディアンの部族から兄妹を助けることもとても大変だったのですが、最後、逃走する中、ジャングルでおそろしい巨大なピューマに襲われます。
オナワンダは、もっていた小さなナイフ一本で、その巨大なピューマと戦い、大けがをしながらもピューマを仕留めます。
そして彼はその兄妹を白人神父に送り届け、絶命します。
見事に約束を守って。
その悲しい結末に僕自身の小さな胸も大きく傷つきましたが、本当に大きなものを手に入れたのだと思います。
恩人にお返しをする素晴らしさを。
弱きものを助け、強きをくじく崇高さを。
そして、約束を守る大切さを。
今考えたら、本を読むという行為は僕の情操教育として心を磨き、勇気や成長を学び、そして論理的思考力と豊かな情感をはぐくむことに大きな貢献をしてくれたのだと思います。
そういう風に導いてくれた母に感謝しています。
そして・・・・・・。
今考えても。
あの「約束を守ったインディアン」。
本当に名作だったと思うのです。
なぜ絶版?
若草物語のオルコット作なのに。。。
この春の大阪のホテルでぼくはそんなことを深夜に考えているのです。
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皆さん、こんにちは。
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
今日の夜はオースン・スコット・ガードの「死者の代弁者」の下巻を読んでいます。
あの名作、エンダーのゲームの続編です。
さて、本日のお勧めは、カート・ヴォネガットの「母なる夜」。
僕のお気に入りの本の一冊です。
第二次世界大戦中のドイツで、ラジオのMCとして、絶大な人気を誇った主人公のハワード・キャンベル・ジュニア。
彼はアメリカ人でありながら、父の転勤でドイツで過ごすことになります。
そして、ドイツで人気のラジオのMCとなり、ナチスのプロパガンダに手を貸します。
そして、ドイツの美人女優と結婚し、華麗な生活を送る彼。
しかし、ドイツは戦争にまけ、命からがらアメリカにひそかに逃げ込みます。
活き別れる妻。
ナチスドイツのプロパガンダの一端を担った彼は、戦後、連合国に、イスラエルに、戦犯として追われます。
しかし、彼以外には世界でたった二人しかしらない秘密があった。彼は、二重スパイで、アメリカにナチスドイツの貴重な情報を流し続けていたのです。
戦犯と英雄。
しかし、英雄の彼を証明する人は世界にほぼ誰もおらず、唯一、彼をスパイに勧誘した人間も行方知れず。
その結果、重大な、アドルフ・アイヒマンなみの戦犯としての彼を、イスラエルの諜報機関モサドが、アメリカが、連合国が追っています。
2つの対極な顔を持つ彼は、隠れ住んでいたアメリカで、様々な奇妙な人たちと出会います。
そして、アメリカで奇跡の再会を果たします。
しかし、幸せは続かず、やがて・・・・。
繋がりあうアドルフ・ヒットラーの生きた時代と戦後の様々な人間模様。
主人公を真に理解した人はだれか。
裏切り。
混乱。
そして主人公の人生の最後の選択。
人とは何なのか。
真実とは何か。
そして、本当にくるっていたのは誰なのか。
他に好きな本はいろいろありますが、この本を超える衝撃にはあったことはめったにありません。
カート・ヴォネガット。
マザーナイト(母なる夜)。
僕にとっての伝説の一冊です。
静かな夜に、アイラ島のスコッチ、ラガブーリンやボウモアを添えて読みたい一冊です。
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皆さん、こんばんは。
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
本日はゆるい話題。
「僕が村上春樹氏と村上春樹氏の作品に触れるときのおごそかな慣習について」についてです。
村上春樹氏は学生時代からずっと読み続けている作家です。
最初に読んだのはノルウェイの森。
あの頃の僕は、ノルウェイの森が純愛小説と思えるほどはすれてなくて、本の中の登場人物の持つ冷めた雰囲気や喪失感が、自分の中にはないように思えるほどまっすぐに熱くて、それでも、多くを感じながら読んだのだと思います。
その後は、処女作の「風の歌を聴け」から彼の作品の過去を、歴史を順番に読むように読むようになりました。
「1973のピンボール」、「羊をめぐる冒険」、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」、「ダンス・ダンス・ダンス」、「国境の南太陽の西」、「ねじまき鳥、クロニクル」、「スプートニクの恋人」、「海辺のカフカ」、「アフターダーク」、「色彩をもたない多崎つくると彼の巡礼の年」
長編だけでもこれだけすべて購入して読んでいます。
一人の作家の本をこれだけ購入して読んでいるのは彼だけです。
短編集もほぼ購入し読んでいますが、ここで挙げるのはきりがないからやめます。
僕が大好きな作品は、長編では「羊をめぐる冒険」と「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」。
最初は断片的だった事実が、ぐいぐい一つになっていく感じと、ある意味、レイモンドチャンドラーフィリップ・マーローシリーズにも似たハードボイルド感、そして、しゃれたライフスタイルに、どうしようもない淋しさ、救いのなさが、僕の求める生き方と違う部分があって、そこに逆に引かれて、何度読んでもその面白さは失われることがなく、さらに、新しい発見があって、そういう部分が過去から好きで、今も好きなのだと感じます。
短編で僕が好きなのは、「ある4月の晴れた人朝に100%の女の子に出会うことについて」。
たぶんこれは村上春樹の中でも一番好きな話だし、実はすべての世の中の短編で最も好きなものかもしれません。
哀しくて、せつなくて、そして、どうしようもないくらい素敵な話で、そらでいえるほど、内容を覚えています。
昔は、彼の小説を読むときの僕のしきたりのようなものがあります。
昼間は熱いコーヒー(僕はブルーマウンテンが好き)か紅茶(やはりジャン・リュック・ピカード艦長も好きなアールグレイが好き)を飲みながら。
そして、おなかがすいた時のために簡単なサンドイッチを事前に作って(パン屋の食パンにマーガリンとからしを塗り、軽く焼いたロースハムとチーズを挟んだ簡単なもの)、それをつまみながら何時間も読む
夜は、昔はバーボンウイスキー(ジャックダニエル)、そのあとは、サントリーの響の17年物やヘネシー。
そして最近はスコッチ(ボウモアやラガブーリンなどアイラ島のもの)などを傾けながら、深夜にひそかに深まる夜とともに楽しむというのが僕のスタイルです。
この辺は儀式的なものがあるのでしょうか。
今、新しい長編小説の「騎士団長殺し」を読み始めています。
まだ途中ですが、久々にはまるテイストで、できたら羊たちの沈黙や世界の終わりと・・に匹敵する出来であるとうれしいと思いながら読み進めています。
村上春樹氏の作品が、本当に僕の一番の好みの作家かどうかはわかりません。
例えば海外の作家でいえば、アーシュラ・K・ル・グウインのゲド戦記や、スディーブン・キングやジェフリー・アーチャーなども捨てがたいし、日本でも重松清氏や宮本輝氏、またバッテリーのあさのあつこ氏なども好きなのです。
作品によっての外れのなさでいえば、ほかの作家の勝ちのような気もするのですが、村上春樹氏の作品、少なくても長編をすべて読まなければいけないという強迫観念にも似た気持ちを持つのは、ただ単に彼の作品が人気があるからではない、僕にとっての何かがあるのだと思います。
そんなことを考えながら。
仕事に支障がないようにしながら。
彼の作品を今日も楽しもうと思うのです。
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皆さん。こんばんは!
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士・東京都中小企業診断士協会役員・事業開発部長の青木公司です。
再掲示です。
やっぱり何度読んでも号泣してしまうすさまじいまでの本。
さて、「伝説の西の怪童丸!29歳までのすさまじい生きざま!天才棋士村山聖を描いた「聖の青春」を読んで」です。
1998年29歳で亡くなった将棋のプロ棋士、村山聖(むらやまさとし)氏の生涯を描いた一冊です。
松山ケンイチさんが主演で映画化されてますよね!!!
そして最近、話題のNHKでアニメ化もされた「3月のライオン」で主人公、桐山零のライバルで親友、二階堂晴信のモデルともいわれています。
僕は結構、将棋も好きなので、時々、日本将棋連盟のホームページなどを見て、現在の7冠の争いがどうなのかチェックしたりしています。
だから村山聖の名前はもちろん知っていました。
しかし、詳細までは知りませんでした。
すごい本当にすごい人生でした。
村山聖(むらやまさとし)。享年29歳。広島生まれ。
ある出来事を境に3歳から原因不明の高熱に侵されるようになった彼は5歳で原因不明の難病、ネフローゼにおかされていることが判明します。
それから、ものすごい高熱と体調不良に侵される日々。障害、この悪くなった腎臓と戦うことになります。
小学校時代もほとんど病室や療養施設で過ごす中、何気なく父に教わった将棋に目覚めます。
病室で毎日毎日、大人の読む将棋の本を漢字も読めないのに読み漁る日々。
小学校低学年にしてアマ2段などをひねるほどの強さを手に入れます。
そして小学校4年でアマチュア4段に。4年連続で中国地区小学生名人戦優勝。
全国大会にも出ますが、のちの名人、竜王を含め、7冠のうち5冠をとることになる佐藤康光永世棋聖に敗れます。
そし13歳にして、当時アマチュア名人で新宿の殺し屋と異名をとった伝説の真剣師、小池重明を破ります。
それでもほとんど病で病院への入退院を切り返す村山さん。
しかし13歳の時にとんでもないことを言い出します。
「大阪に行って奨励会(プロの登竜門)に入り、将棋のプロになりたい!」
広島から13歳で単身ですむ。そして、重い難病を抱え入退院を繰り返し、いつ何時重篤になるかわからない身。当然両親は反対しますが、本人は聞きません。
父親は親族会議を開きます。中学校長をはじめ、学校の先生など知識人の多い親族一同を集め、みんなで反対し説得しようというのです。その筋書き通りに行くはずでした。
その説得のさなか、13歳の村山少年はこういいます。
「いかせてくれ!」
「頼みます!僕を大阪に行かせてください!」
「いかせてくれ!
谷川を倒すにはいま、いくしかないんじゃ!」
わずか21歳で名人になった光速の寄せ!当時最強の谷川名人に勝つためにその重病の身で大阪に行くというのです!
「谷川を倒すには今行くしかないんです!お願いします!僕を大阪に行かせてください!」
その魂の叫びに大人たちは誰も口を開くことができない。
そんな時、中学の校長を務める義理の弟が口を開きます。
「立派じゃないか。中学一年生が、自分の意志で自分の将来の夢を決めることなどなかなかできないことだ。それを実現するために力を貸すのが親の務めではないのか。」
そして、村山少年は大阪に行こうとしますが、大人のプロの世界の事情で、最初一年間受け入れらえません。村山少年のせいではない。村山少年はテストで5勝1敗という文句ない成績を残したのに。。
「僕には時間がない」そういい泣きじゃくる彼に誰もかける言葉はありませんでした。
しかし、彼はくじけませんでした。
「絶対に名人になる!」
そう思った彼はくじけるわけにはいかないのです。
奨励会に入った彼は羽生7冠や谷川名人をしのぐ2年11カ月という異例のスピードで出世し、17歳でプロになります。
病気により何度も何度も不戦敗があったのにです。
「僕には時間がない」。そういう思いもあったのでしょう。
生涯の師匠となる森6段には、なんと弟子でありながら全勝。
一心不乱にただただ毎日身を削るようにして将棋だけに打ち込む彼。
ネフローゼで体に水がたまりパンパンの彼は、正直でひょうひょうとしているところもあり、肉丸君、西の怪童、怪童丸と言われ、愛されます。
ぼーっとした風貌、歯に歯を着せぬ鋭い指摘。
そしてまっすぐに将棋だけをみて生き抜く彼の生き方はみんなに愛されていきます。
「終盤は村山に聞け!」そう言われるほどの洞察力と、上席研究だけでは生れない独特の感性鋭い将棋で、彼は昇格を果たしていきます。
ただ、そんな彼をひたすら病魔は彼の体を壊していきます。
真っ暗闇の中、4畳半の狭い部屋で将棋雑誌やコミックやごみにかこまれ、40度を超える熱と戦いながら真っ暗闇の夜、眠る彼。トイレに行く体力すらも温存するために近くにしびんがわりにペットボトルをおいて。
そして水道をわずかに開け、「ポタッ、ポタッ」と落ちる音のみで生きていることを確かめる日々。
デビューしてすぐに、村山少年は有名になっていきます。連戦連勝。
東に羽生、西に村山あり。
西の怪童が誕生した瞬間でした。
師匠の森プロとは親子のような師弟関係でした。
病気の村山のために、村山が好きな少女コミックを何件も探して買い漁ったり、彼の下着を洗ったり、彼の好きなものを買って病院に届けたり・・・・。
いつもいつも一緒で懸命に村山をかわいがります。
あるとき雀荘で師匠の森が麻雀をしていると村山はずかしそうに「僕、ハタチになりました!」と言いました。師匠は「そうか。それはおめでとう。それで何かいいことがあったのか?」と聞くと村山はこう答えたそうです。
「いえ。ただハタチになりました。」とうれしそうに。
彼にとって二十歳までいきてこれた。大人になれた!それがうれしかったのです。
その後、谷川プロや羽生を何度も追い込み、たった10名しか入れないプロの最高峰、A級棋士となり、伝説の戦いを何度もした村山聖。
当時、将棋界では考えられない8割近い勝率を誇り、7冠を制した絶頂期の羽生との対戦成績は6勝7敗kとほぼ五分。
もっとも羽生を苦しめた相手の一人でした。
名人に手が届きそうなそんなとき。
ネフローゼから腎臓がん、そしてがん再発、肝臓への転移。
容赦ない過酷な病魔が彼を遅い命を削り取っていきます。
そんな中、夜まで苦しみながらも執念で将棋に向き合い、戦う彼はまさに伝説の棋士でした。
彼の最後の戦いは森下、森内、木村と今もトップで活躍する最強の人間たち5名を倒しまくり5連勝で・・・そのあとは病気により不戦敗で、彼はなくなりました。
彼の亡くなる前の最後の言葉は病室ででした。
「2七銀・・・・」これが彼の最後の言葉だったそうです。
「・・・・8六歩、同歩、8五歩・・・・2七銀」
命の最後まで将棋にかけたすさまじい人生でした。。。
村山の死はその後、将棋連盟に伝えられ、しばらくは将棋会館には涙の雨が降り続いたそうです。
誰かれなく、人が人を誘い飲みに行き、そして村山について語ったそうです。
「あんなにかわいいやつはいなかった」
「あんなに面白い男はいなかった」
「あそこまで純粋な男はいるのだろうか」
そして、大阪での追悼式では、今もトップで活躍する井上慶太プロが感極まって泣きじゃくってしまい、スピーチにならなかったそうです。
彼のすさまじい生きざま、純粋に将棋にうちこむ鬼気迫る執念。
たった29年ですがものすごい濃密な人生を過ごした彼の生きざまを見て、最後、喫茶店で読みながら僕も慟哭してしまいました。
ああいう執念で人生を生きる。
そういう本気になれる瞬間を。
自分自身も多く作っていきたいと考えています。
「聖の青春」
魂の一冊。
本当におすすめです。
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皆さん、こんにちは。
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
本日は関西です。
さて、「西の怪童丸!29歳までのすさまじい生きざま!天才棋士村山聖を描いた「聖の青春」を読んで」です。
久々にすさまじい本を読みました。
1998年29歳で亡くなった将棋のプロ棋士、村山聖(むらやまさとし)氏の生涯を描いた一冊です。
今度、松山ケンイチさんが主演で映画化もされますよね。
僕は結構、将棋も好きなので、時々、日本将棋連盟のホームページなどを見て、現在の7冠の争いがどうなのかチェックしたりしています。
だから村山聖の名前はもちろん知っていました。
しかし、詳細までは知りませんでした。
すごい本当にすごい人生でした。
村山聖(むらやまさとし)。享年29歳。広島生まれ。
ある出来事を境に3歳から原因不明の高熱に侵されるようになった彼は5歳で原因不明の難病、ネフローゼにおかされていることが判明します。
それから、ものすごい高熱と体調不良に侵される日々。障害、この悪くなった腎臓と戦うことになります。
小学校時代もほとんど病室や療養施設で過ごす中、何気なく父に教わった将棋に目覚めます。
病室で毎日毎日、大人の読む将棋の本を漢字も読めないのに読み漁る日々。
小学校低学年にしてアマ2段などをひねるほどの強さを手に入れます。
そして小学校4年でアマチュア4段に。4年連続で中国地区小学生名人戦優勝。
全国大会にも出ますが、のちの名人、竜王を含め、7冠のうち5冠をとることになる佐藤康光永世棋聖に敗れます。
そし13歳にして、当時アマチュア名人で新宿の殺し屋と異名をとった伝説の真剣師、小池重明を破ります。
それでもほとんど病で病院への入退院を切り返す村山さん。
しかし13歳の時にとんでもないことを言い出します。
「大阪に行って奨励会(プロの登竜門)に入り、将棋のプロになりたい!」
広島から13歳で単身ですむ。そして、重い難病を抱え入退院を繰り返し、いつ何時重篤になるかわからない身。当然両親は反対しますが、本人は聞きません。
父親は親族会議を開きます。中学校長をはじめ、学校の先生など知識人の多い親族一同を集め、みんなで反対し説得しようというのです。その筋書き通りに行くはずでした。
その説得のさなか、13歳の村山少年はこういいます。
「いかせてくれ!」
「頼みます!僕を大阪に行かせてください!」
「いかせてくれ!
谷川を倒すにはいま、いくしかないんじゃ!」
わずか21歳で名人になった光速の寄せ!当時最強の谷川名人に勝つためにその重病の身で大阪に行くというのです!
「谷川を倒すには今行くしかないんです!お願いします!僕を大阪に行かせてください!」
その魂の叫びに大人たちは誰も口を開くことができない。
そんな時、中学の校長を務める義理の弟が口を開きます。
「立派じゃないか。中学一年生が、自分の意志で自分の将来の夢を決めることなどなかなかできないことだ。それを実現するために力を貸すのが親の務めではないのか。」
そして、村山少年は大阪に行こうとしますが、大人のプロの世界の事情で、最初一年間受け入れらえません。村山少年のせいではない。村山少年はテストで5勝1敗という文句ない成績を残したのに。。
「僕には時間がない」そういい泣きじゃくる彼に誰もかける言葉はありませんでした。
しかし、彼はくじけませんでした。
「絶対に名人になる!」
そう思った彼はくじけるわけにはいかないのです。
奨励会に入った彼は羽生7冠や谷川名人をしのぐ2年11カ月という異例のスピードで出世し、17歳でプロになります。
病気により何度も何度も不戦敗があったのにです。
「僕には時間がない」。そういう思いもあったのでしょう。
生涯の師匠となる森6段には、なんと弟子でありながら全勝。
一心不乱にただただ毎日身を削るようにして将棋だけに打ち込む彼。
ネフローゼで体に水がたまりパンパンの彼は、正直でひょうひょうとしているところもあり、肉丸君、西の怪童、怪童丸と言われ、愛されます。
ぼーっとした風貌、歯に歯を着せぬ鋭い指摘。
そしてまっすぐに将棋だけをみて生き抜く彼の生き方はみんなに愛されていきます。
「終盤は村山に聞け!」そう言われるほどの洞察力と、上席研究だけでは生れない独特の感性鋭い将棋で、彼は昇格を果たしていきます。
ただ、そんな彼をひたすら病魔は彼の体を壊していきます。
真っ暗闇の中、4畳半の狭い部屋で将棋雑誌やコミックやごみにかこまれ、40度を超える熱と戦いながら真っ暗闇の夜、眠る彼。トイレに行く体力すらも温存するために近くにしびんがわりにペットボトルをおいて。
そして水道をわずかに開け、「ポタッ、ポタッ」と落ちる音のみで生きていることを確かめる日々。
デビューしてすぐに、村山少年は有名になっていきます。連戦連勝。
東に羽生、西に村山あり。
西の怪童が誕生した瞬間でした。
師匠の森プロとは親子のような師弟関係でした。
病気の村山のために、村山が好きな少女コミックを何件も探して買い漁ったり、彼の下着を洗ったり、彼の好きなものを買って病院に届けたり・・・・。
いつもいつも一緒で懸命に村山をかわいがります。
あるとき雀荘で師匠の森が麻雀をしていると村山はずかしそうに「僕、ハタチになりました!」と言いました。師匠は「そうか。それはおめでとう。それで何かいいことがあったのか?」と聞くと村山はこう答えたそうです。
「いえ。ただハタチになりました。」とうれしそうに。
彼にとって二十歳までいきてこれた。大人になれた!それがうれしかったのです。
その後、谷川プロや羽生を何度も追い込み、たった10名しか入れないプロの最高峰、A級棋士となり、伝説の戦いを何度もした村山聖。
当時、将棋界では考えられない8割近い勝率を誇り、7冠を制した絶頂期の羽生との対戦成績は6勝7敗kとほぼ五分。
もっとも羽生を苦しめた相手の一人でした。
名人に手が届きそうなそんなとき。
ネフローゼから腎臓がん、そしてがん再発、肝臓への転移。
容赦ない過酷な病魔が彼を遅い命を削り取っていきます。
そんな中、夜まで苦しみながらも執念で将棋に向き合い、戦う彼はまさに伝説の棋士でした。
彼の最後の戦いは森下、森内、木村と今もトップで活躍する最強の人間たち5名を倒しまくり5連勝で・・・そのあとは病気により不戦敗で、彼はなくなりました。
彼の亡くなる前の最後の言葉は病室ででした。
「2七銀・・・・」これが彼の最後の言葉だったそうです。
「・・・・8六歩、同歩、8五歩・・・・2七銀」
命の最後まで将棋にかけたすさまじい人生でした。。。
村山の死はその後、将棋連盟に伝えられ、しばらくは将棋会館には涙の雨が降り続いたそうです。
誰かれなく、人が人を誘い飲みに行き、そして村山について語ったそうです。
「あんなにかわいいやつはいなかった」
「あんなに面白い男はいなかった」
「あそこまで純粋な男はいるのだろうか」
そして、大阪での追悼式では、今もトップで活躍する井上慶太プロが感極まって泣きじゃくってしまい、スピーチにならなかったそうです。
彼のすさまじい生きざま、純粋に将棋にうちこむ鬼気迫る執念。
たった29年ですがものすごい濃密な人生を過ごした彼の生きざまを見て、最後、喫茶店で読みながら僕も慟哭してしまいました。
ああいう執念で人生を生きる。
そういう本気になれる瞬間を。
自分自身も多く作っていきたいと考えています。
「聖の青春」
魂の一冊。
本当におすすめです。
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皆さん、こんばんは!!!
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
本日のブログは青木のお勧め本、直木賞作家、「重松清」氏の書いた渾身の短編集、「きみの友達」です。
この作品、もう10回以上、読んでいますが読むたびに、本当に心を打たれるのですよね。
あらすじは、小学校のクラスの人気者だった恵美はある日、交通事故に会い、足が不自由になります。
それを機にいろんなことが変わってしまう。周りにいた友達さえもみんな・・・・・。
えみちゃんはもう「私は「みんな」を信じない」
そう強く、思います。
そんな彼女にあるとき、一人の友達ができます・・・・。
その友達は、幼いころから重い病気で、体力もない。そして、いずれ亡くなってしまうそういう友達です。
彼女はゆかちゃんという子で、えみは最初、友達になる前に、意地悪をしてしまいます。
後悔しているえみ。謝ろうと思っていた彼女のもとに、翌日の大雨の日、ゆかちゃんが朝、傘を持ってきます。
「えみちゃん。一緒に学校に行こう」。足の悪い松葉杖のえみちゃんが濡れないように大人の男の人用の大きな黒い傘を持って。
それから二人は友達になります。
頭がよく、気が強い、そして足が交通事故で不自由で、ちょっと意地悪なえみちゃん。
身体が弱く、病気のせいでちょっとぽちゃっとしていて、心がとても柔和でやさしいゆかちゃん。
二人は二人とも同じ速度でゆっくり歩きます。
みんなで群れるまわりの同級生たち。 いつもふたりのえみとゆか。
えみとゆかをバカにしたり、敬遠するみんな。
しかし、二人からいろんなことを感じていきます。
また、えみちゃんの弟の、学力優秀、スポーツ抜群、美術優秀、みんなの人気者のブンは、すべての面でブンをしのごうかという転校生、モトが気に食わない。
そんなブンはモトに対して、いろんな感情を抱きます。
そしてついにぶつかる二人。。。そしてそのときえみちゃんが・・・・。
人気者堀田ちゃんは、みんなと仲良くしていたが、八方美人と非難され、孤立し・・・・
それぞれの出来事を通して、「ともだちとはなにか」を感じ、考えさせるとても素敵な作品です。
直木賞小作家でもある重松清氏の作品は、多くの名門私立中学、高校、進学塾で題材として取り上げられていることでも有名ですが、それがなぜかがわかるすばらしい作品です。
子供たちに、少年たちに、大人たちにすべてに読んでほしい。
大切なことが隠されている作品です。
友達とは何か・・・・。本当に人にとって大切なことは何か。それを考え、感じさせるのです。
印象的なシーンがあります。
いつもみんな、いい仲間と大勢でいるために頑張っている女の子が、ゆかちゃんにいじわるくこういったとき
「いつも和泉(恵美)さんと二人だけで寂しくない? 友だちってたくさんいた方が楽しいでしょ」
そうきかれたとき、
ゆかちゃんが笑って答えた
「ううん、私はえみちゃんとたくさんいた方がいい」
大切な人と、たくさんの時をすごす。
限りある命だからこそ、大切な人とずっとすごす!
同時に別の時にえみちゃんがいった
「私にみんなに付き合っている時間なんてない」
重い病気のゆかちゃんが限りある命だからこそ。できる限り大切な時間を一緒にいたい!
そうなんですよね。
一度よかったら読んでみてください。
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皆さん、こんばんは!!!
プロ研修講師・プロコンサルタント・中小企業診断士の青木公司です。
明日は6名の士業家で6メソッドセミナーの講師をします。
たのしみです。
さて、金曜深夜なので、マニアックなネタを。
僕は読書も大好きですが映画鑑賞も大好き、海外ドラマも好きで、漫画やアニメも好きです。
木曜深夜にやっているノイタミナのシリーズは特に好きです。
名作が多いですよね。
サイコパス、僕だけがいない街など。
そして、今回始まりましたね!!!
あの、あさのあつこの児童文学の名作、ベストセラー、「バッテリー」。。。。。
岡山の田舎に越してきた孤高のリトルリーグのエース、原田巧。
圧倒的な自信、すさまじい、投手としての才能、ほかを寄せ付けない強力な個性、傲慢でそして、野球への熱い思い。
甲子園で活躍し、名将の名前をほしいままにした彼の祖父の井岡洋三の重みある受け答え。
原田の弟で、繊細で温かく、人の心を読むのがうまく、そして病弱な美しい弟、青波(せいは)。
そして巧とバッテリーを組む、名キャッチャー、永倉豪。
そして取り巻く、野球の人々、家族、そして・・・・・。
小説を読むだけで、ぐいぐい引き込まれ、そして少年時代のあのグローブのにおい、ボールの感触、草のにおい、バットにボールが当たる音、打って走る喜び、興奮!
少年時代の、あふれだす熱い思い。
上手に伝えられないもどかしさ。
そういうことを思い出します。
そして、また第一話を見ましたが、原作の小説のテイストを壊していない!!!
たのしみです!!!
映画もよかったですが、アニメも!
これから楽しみです!!!
小説も読みなおそうかな!
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