『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

中条家忠(ちゅうでういへただ)

2018-03-07 00:00:00 | 信長公記の蔵:人物篇
中条家忠(ちゅうでういへただ)

〔現代仮名遣い〕ちゅうじょういえただ


将監。尾張国春日井郡の人。信長の臣。

1569年8~10月の伊勢攻略戦に参加。

1570年6月の浅井攻めに参戦し、退却時殿の

    奉行をつとめる。

1570年9~12月の叡山の浅井・朝倉攻めの時、

    穴太の在所を守備。

1574年7月信長父子の河内長嶋成敗に参戦し、

    信長の軍勢として早尾口の先陣をつと

    める。

1577年3月信長の雑賀攻めに参戦し、根来口

    から小雑賀・紀伊川の山手に陣取る。


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