前回から続くー。
Aさん(ある警察署の四課の刑事)はタクシーの運ちゃんに、「島之内の〇〇へ行って
くれ。そこで10分ほど待っていてくれ」と、指図する。島之内って、ミナミの繁華街
の横にある地区で、水商売の人々が数多く住んでいる街だということは知っていた。
そこならわざわざタクシーを使わなくても、歩いて10分以内である。でも、まあ、ずい
ぶんと飲み食いし、酔っていたし…。
「ええか、Mちゃん。ここでしばらく待っててや。ちょっと片づけないかん用事がある
ねん。そうや、俺がこのマンションに入って5分ぐらいしたら、5階の右の方を見てくれ。
女が手を振るから~」と、またウィンクしてAさんはタクシーから出て行った。女が手
を振る?それはどういうことやろ…と考えて5階辺りを見ていると、本当に女性が手を振
っていた。それも、二つの部屋からである。
その声が聞こえてきた。「Mちゃ~ん、こっちやで」、「Mちゃ~ん。見てる~」。マン
ションの5階、横並びの二つの部屋のベランダから、本当に女性が手を振り、俺の名前を
言い、叫んでいるのである。「運転手さん、あれ、何?」、「さあ~?」、まったく訳が
分からなかったが、しばらくしてAさんが帰ってきた。
「あの二人はトルコ(ソープランド)の女や。今日は両方とも非番でな」、「はあ…」、しかし、
その女性たちと何の関係があるのか、さすがにそれは語らなかったけど、どちらかの部屋に
入ったのは間違いない。あの女たちのヒモか?しかし、それでは警察やない。やくざそのも
のじゃないか!
Aさんはタクシーの運転手に次の行き先を告げた。その運転手、「えっ?生玉(いくたま)の
ラブホの前ですか?、「なんや、お前、なんか文句あるんか。客がそこへ行けって言うてん
のや。さっさと車を出せ」、「はいはい、すみません」、いくたまとは、ミナミから少し外
れた、上町方面のラブホ街である。
タクシーで5分くらいの距離で、すぐにホテルの前に着いた。Aさんは3千円払って(メーター
は1200円ぐらいだった)、「お前、いらんことを言うなよ」と、眼を細くして運転手に言った。
「はいはい、分かっていますよ」と、運転手はすぐに車を出した。そして、男二人でラブホに
入る…。
「まさか!」、いや、それはない。二人ともそんな趣味はない。Aさんは2部屋を取った。
そして…。「まあ、まだ早い。Mちゃん、一杯やろや」と言い、部屋の冷蔵庫のビールやミニボト
ルやらを出してきて、しばらく飲んでいた。そして、30分ぐらいしてAさんは部屋の電話を回し
た(当然、ケータイのない時代だった)。
「おい、俺や、Aや。今、いくたまの××におる。すぐ別嬪(べっぴん)を二人回してくれ!」、
「…」、「なんやと!お前、売春取り締まり期間中と言うのを分かって言うてんのやろな。すぐ
回さんかい!」この言い回しがドスの効いた大阪弁。まるでやくざ映画を見ているようで、こっち
は震えた(感心した?)。
しばらくして、二人の女性が部屋に入ってきた。どちらとも、すこぶるつきの美人で、芸能人のよう
な顔とスタイルだった。「さっきは俺が先に選んだから、今度はMちゃんが先や」と、Aさんは言う。
しかし、俺はどちらでも良かった。この状況で、ほいほいとセックスする体力と度胸はない。
取りあえず、一人を選んで自分の部屋に連れて行き、少し話をしてその女性を帰した。自分も部屋を
出て、タクシーを拾い、天神橋の家に帰った。そして、冷蔵庫から缶ビールを取り、グビグビとやった。
やたらと喉が渇いていた。今夜は何と言う日だったのだろう?悪夢だ、そう、これは悪い夢だ。何
も考えず寝て、曙光を待つしかない。
Aさんは男から見れば魅力の男である。タフで男気があるし、めっぽう喧嘩が強い。大阪の四課(暴
力団担当?)の刑事として、この上ない資質を持っている。しかし…。あまりに腐敗していないか?後
から聞いた話だが、この日、Aさんは朝から組の事務所に行き、小遣いをせしめて、俺を誘ったらしい。
そのお金で飲み食いした俺が言えることではないけれど、トルコの女のヒモになり、やくざ屋さんの
売春女をタダで抱くのはあまりにあまりではないか?まるで、黒川博行(大阪の小説家)の世界である。
そう思いながら、甘ちゃんの俺は何もできず、2年の月日が流れた。Aさんとはたまにスナックで会っ
たが、特別話すこともなく、あの悪の日が幻のように過ぎて行った。そして、ある日の午後、Aさんか
ら電話が掛かってきた。
話は切迫していた。Aさんはもろもろの行為がすべて明るみに出て、一旦警部補から機動隊に降格(?)し、
体が続かず、警察をやめたと言う。その後が地獄だと言った。桜の代紋を失ったAさんは、過去の恨みか
ら色々な組から追われていて、その逃亡資金が底をついたと言うのだ。それで俺に金の無心をしてきた。
でも俺はちょうど離婚したころで、蓄えはまったくなかった。取りあえず、10万円を工面して、それを
ある地下鉄の駅の改札越しに渡したが、Aさんは相変わらず体が大きく、凄みはあったが、完全無敵のオ
ーラが消えていた。四方をキョロキョロ見て怯える「逃亡者」だった。
それからAさんの行く方は知れず、仲間内でも話題になることはなかった。うまく、逃げ伸びてくれれば
いいのだが…と思ったが、ある面、自業自得か…と思う自分がいた。
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