僕はなぜ、小説を書くのでしょうか。
ご存じのとおり、前回の応募では、僕の小説は落選しました。
それでも、書き続けたいと思い、いつかは小説家としてデビューしたいと思っています。
なぜでしょう?
それは、僕にとっては、小説を書くことは、最も現実的で、堅実な道だからなんです。
「そんなことはないだろう。小説家になるのは並大抵のことではない。ほとんどの人にとっては夢物語だ」
というご意見があることは承知しております。そして、それはまったく、正しいと思います。
しかし、僕のような精神的もしくは知的に障害のある人が、普通の企業で働くというのは、
たいへん難しいのです。
もちろん、政府の方針で、企業は一定の人数の障害者を雇わなければならないことになっていますが、
実際、そのとおりにしている企業はほとんど無いし、好きこのんで障害者を雇う企業はありません。
まして、同じ職場に精神病患者が入ってきて、喜ぶ人は誰もいないと思います。
就職したばかりに、病気をこじらせてしまい、結局、職場も辞めざるを得なくなった、
そういう人は数え切れないほどいます。
障害者の自立ということをうたった、専門の作業所のようなところもありますけど、
そういうところは、大抵はとんでもない薄給で、自立などとても無理です。
だから、ほとんどの人は、僕も含めて、障害年金をもらっておとなしくしていた方がいい、という、
ちょっと消極的に思える生き方を選んでしまいます。
よく障害のある方の、絵画などのアート作品が、注目されることがあります。
草間彌生さん、古くは山下清、そこまで有名でなくても、精神的もしくは知的に障害のあるアーティストは、結構います。
そういう人達は、たまたまそういう才能に恵まれていた、というより、
他に生きる道がないので死に物狂いで打ち込んだ、その結果だと思います。
まあ、僕の場合、小説を書くこと以外に、道がないわけではありませんが、
普通の人と同じことをやっていたのでは、生きていくことができないと思います。
中国語を勉強しているのも、何か自分だけの武器が欲しい、と思うからです。
幸い、理解のある主治医の先生や、ブロ友さんにも恵まれているし、
将来のことはわかりませんが、僕は僕の道を歩んでいきたい、と思います。