MY LIFE AS A DOG

ワイングラスの向こうに人生が見える

正義論

2010年11月06日 00時43分36秒 | 読書
最近、一時更新頻度が上がった時期もありましたが、やっぱりまた落ちてきてしまいました。
最低週一回の更新をめざそうとは思っているのですが。。。

さて、以前にも書きましたが、脳のパフォーマンスを上げるためには、ただ知識を詰め込む(勉強する)だけではダメで、いろんな形で成果を吐き出す必要があるそうです。
脳が錆付いて軋んだ音を立て始める前に、このブログを通じて色々吐き出して“自己表出の場”を作りながら、脳のパフォーマンスを向上させる努力をしていきたいなと思う今日この頃であります。

ということで、本日は最近読んだ本について書くことにします。

「これからの“正義”の話をしよう」 マイケル・サンデル著

ベストセラーになっているので、すでに読まれた方も多いかもしれません。
ハーバード大学でもっとも聴講生が多い人気の授業「正義論」を担当する哲学者、マイケル・サンデルの授業内容を書籍化したものです。

マイケル・サンデルの問題提起は以下のようなものです。
すなわち、世界に存在するさまざまな「正義」「公正」に関わる問題を、“哲学”という学問がどのように論じてきたか。あるいは、これらの問題に対して“哲学”は解答を与えることができるのか、というものです。

この本ではさまざまな「正義と公正」に関する問題提起がなされます。

いくつか例をあげます。
線路の上をブレーキの故障したトロッコが全速力で走っています。トロッコの先には5人の作業員がいますが、トロッコの接近には全く気が付いていません。暴走するトロッコを見ているあなたの横にはボタンがあって、そのボタンを押すとポイントが切り替わり、トロッコを引き込み線に誘導することができます。しかし、引き込み線上にも1人の作業員がいます。さて、ボタンを押して1人を犠牲にする代わりに5人を救おうとする行為は正しいでしょうか?

あるいは、こういう例はどうでしょう。
上記と同様に、線路をブレーキの故障したトロッコが全速力で走っています。トロッコの先には5人の作業員がいますが、トロッコの接近には全く気が付いていません。あなたは陸橋の上にいます。ふと見るとあなたの横には巨漢の男が歩いています。もしこの男を橋の上から突き落とせば列車を止めることができます。男を突き落として1人を犠牲にする代わりに5人を救おうとする行為は正しいでしょうか?

もう少し具体的な例も挙げておきます。
2005年8月にハリケーン“カトリーナ”の直撃を受けて壊滅的被害を出したフロリダでは、被災者に水や食料品を高値で売り付けるトンデモ業者が大量発生し、当時の司法長官が“悪徳業者は許さない!」という声明を出しました。当時のフロリダでは通常1ドルの水が、10ドル以上で販売されていたそうです。
しかし、一部の知識人たちはこの司法長官の声明を歓迎しませんでした。
本来、モノの値段は需要と供給のバランスで決まっているのだから、供給が少なく需要が多ければモノの値段が上がるのは当然で、政府がこれに介入することは正当な経済活動を妨げているに他ならないというのです。ペットボトルの水が10倍の値段で売れるという事実があるからこそ、業者にはわざわざ壊滅状態のフロリダまで水を売りに行こうというインセンティブが働くのだし、それによって、すみやかにフロリダに物資が流入し、結果として復興が早まるではないか。それを邪魔するとはなにごとか!というのが彼らの主張でした。
さて、ここでの“正義”を体現しているのは司法長官でしょうか、あるいは一部の知識人たちでしょうか。

あるいは、こんな話も出てきます。
19世紀のイギリスでの出来事。ある商船が沈没し、船長を含む4人の生存者が救命ボートでおよそ1か月近く漂流する羽目に陥りました。漂流の過程で4人は徐々に衰弱し、このままでは全員が餓死すると考えた船長は、もっとも体調が悪く、死に瀕していた18歳の少年の首を絞めて殺害し、残った3人で少年の肉を少しずつ食べながら漂流を続け、ついに救助されたのだそうです。当然のことながら、彼らの行動は当時のイギリスで賛否両論を巻き起こし最終的に船長は処罰されたそうですが、さて船長のとった行動は許されるのでしょうか、あるいは皆で餓死することを選択することが“正義”だったのでしょうか。

マイケル・サンデルはこれらの問題に対し、“哲学”を駆使していくつかの解答を試みます。
サンデルが持ち出す解答とは、すなわちアリストテレス的正義、エマヌエル・カント的正義、JS・ミル的正義(功利主義)、ロバート・ノージック的正義(リバタリアニズム)、ジョン・ロールズ的正義(リベラリズム)です。

そして最終的にサンデルは、上記に掲げたような数々の正義と公正の問題に対しては、人間は絶対的な解答を持ち得ないと結論します。
アリストテレスであろうが、カントであろうが、ベンサムであろうが、彼らの正義の論理をもってしても解決できない問題は世界に山のように存在しており、正義を決定する絶対的な価値基準など結局のところ存在しない。
当たり前といえば当たり前の結論ですが、この複雑化した社会のなかで、正義(justice)、あるいは公正(fairness)といった問題を考えるためには、あらかじめこういう前提を共有しておくことが重要ではないかと思います。
ヒトは自らの経験や社会とのつながりにおいて獲得してきた個々の価値感によって支配されるほかない存在であり、社会に包摂された存在であるがゆえに、人間の前には“最大多数の最大幸福”といった帰結主義的合理性では越えられない情動の壁が立ちはだかってしまいます。情動の壁、すなわち社会(共同体)への包摂性、近接性、手っ取り早くいうと、家族や友人を含めた、自らが属しているコミュニティーとの距離、関係性ということになりますが、これら関係性の中で築き上げられた情動によって人間は何が正義であるかを直観するようになる。これが、サンデルの正義論の骨格です。

サンデルのような考え方は共同体主義(コミュニタリアニズム)と呼ばれ、Wikipediaによるとサンデルのほかにも、マイケル・ウォルツァー、チャールズ・テイラー、アラスデア・マッキンタイア、藤原保信、宮崎哲弥などが共同体主義者と分類されているようです。

最近、社会学者の宮台真司氏が、自身のblogに大澤真幸氏との対話での発言をアップされていました。正義に関する問題からややそれますが、地域共同体の崩壊という問題に言及していますので以下に一部引用します。
尚、本文はこちらでご確認ください。http://www.miyadai.com/index.php?itemid=929

「最近、高齢者所在不明問題と児童虐待放置問題が騒がれました。行政は何やっているんだ、個人情報保護法のせいで縦割行政に拍車が掛かったんじゃないかというのがマスコミの論調で、仙石官房長官(ママ)が個人情報保護法改正に言及しました。
 海外メディアによる扱いは違います。自分たちの共同体に、行方不明のまま放置される老人や虐待されたまま放置された児童がいるというのに、それを放置してきた責任を棚上げして、問題が起ったら行政を批判する、変ではないか、というもの。
 海外メディアを持ち出さずとも、四十年前の日本ならこうした放置問題はあり得なかった」
「昨年12月にCOP15の取材でコペンハーゲンに行きました。日中でも零下で、至るところがアイスバーン。なのに市内に一箇所もガードレールがない。「危なくないのか」と尋ねると、「危ないから、気をつけてるよ」という答えが返ってきます。
 僕が子供の頃も実は同じでしたよ。弟が用水路に落ちたり、用水路周辺でマムシに噛まれたりしました。父は「行政は何やってんだ!」とはイキリ立つかわりに「あれだけ危ないって言ってただろう!」と弟を叱りました。どこもそうだったはずです。
 日本以外だったら、今でも父のような反応が普通です。違いがあるとすれば、“「行政は何やってんだ!」といった反応が、本来自立すべき共同体の、行政(や市場)への過剰依存をもたらし得ることへの、痛切な危惧があること”。つまり再帰性です。 」

私も同様な問題意識を共有するものの一人として、地域共同体の崩壊行政への過剰な依存体質、には強い危機感を感じます。
ということでコミュニタリアニズムについては、機会があればもう少し勉強してみたいと思いますが、本日は、非常に長くなりましたのでこれで終わります。
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4 コメント

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はじめまして (poussin)
2010-11-07 00:54:57
初めてコメントを残しますが、いつもお世話になってます。
誰だかわかりましたか(笑)?
これ、今一番気になっている本です。
NHKでやっていた「白熱教室」があまりにも面白くて、DVDを買ってもう一度観たいと思っているくらいですから。
ご覧になっていましたか?
答えのないこういう議論を通して、自分が考えもしなかったような人の考えに触れることは刺激的で、自分がbrush upされるのでついつい時間を忘れます。
inputがないとoutputもできないなと感じる今日この頃、ありあまる自由時間を自分の興味の赴くままに使ってみようと思います。
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poussinさん (kazu-n)
2010-11-07 21:05:17
こんにちは。コメントありがとうございます。

>誰だかわかりましたか
はい。なんとなく分かるような気がします(笑い)こんにちは。

「白熱教室」
僕も、全部ではありませんが、一部見ました。
あの番組を見て、その後本を買っている人もかなり多いのではないでしょうか。
そうでないと、この手の本がこんなに売れるなんてなかなかないですよね。たぶん。

サンデルは、911テロのあとの、アメリカによるアフガン、イラク攻撃に反対の論陣を張った数少ない代表的知識人の一人としても有名だそうです。

授業内容を書籍化しているというだけあって、いわゆる哲学書のような難解さがなくて非常に読みやすい本でした。
poussinさんも機会があれば読んでみて下さい。
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面白かったね (りみ)
2010-11-12 02:30:20
ダイゾウがこれを見たがっていたね。

私は、モラルジレンマを思い出したよ。

私は、長い間、こういうジレンマについて、密かに悩み、苦しんでいたな。

私も最終結論は出なかった。

答えが出ないことへのイライラやもがきには、哲学がいい薬です。
そういった意味では、知性化は、ある種、本能的な逃避なのかもしれんね。

人生に疑問はつきませんな。


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Unknown (kazu-n)
2010-11-15 19:50:27
返事が遅くなりました。

>答えが出ないことへのイライラやもがきには、哲学がいい薬です。

なるほど。たしかにそうだと思う。
いろんな問題に対して、一段上のレイヤーから物事を眺めるという姿勢はとても大切だと思います。
変な話、たとえば今話題の尖閣問題だって、社会学とか哲学とかのメガネを通して眺めると、意外と冷静に見られたりすると思います。

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