バスは病院玄関先に来た。「病棟以外に行ってもいい」という許可が出た後いつも妻を送った場所だ。妻が帰るときは寂しい思いがして来たものだ。そのような思いは終わりだ。
別に病気をしたから気弱になったというだけではなく、妻が背中を見せて帰る姿が寂しい、そういう感慨が生じたのだ。やっぱり病気をしたせいでの想いなのかもしれないし、妻と離れるのが寂しいだけかもしれない。
ちなみにこのバスは病院が出している循環バスではなく、京王バスである。バスに二人で乗り込み座る。そこそこ混み、数人は立ったままだ。「立ったままの人が病気ではなければいいけど」と思いながら、バスは出発。さすがに席をゆずるという体調までには回復していない。年寄りもいなかったし。
すぐに味の素スタジアムの前を通る。入院して数日で、ここでラグビーW杯が開催されている。「そうか、ここで行われてるのか〜」と思いながらも、このバスは調布駅前まで向かっている。
妻によれば、調布駅前はいつも賑やかだと。ラグビーのイベントで催しが行われていたという。本日10月5日にも日本の試合があったなあと思いながら、外を眺めていると、飛田給駅までのほんの数分の距離だが、それらしい看板があり、旗が揺れている。結構外国人も歩いている。ラグビーのユニフォームを着ている。どうも試合があるらしい、バスの外はそんな雰囲気に包まれていた。
飛田給から調布までの風景は見たこともないので、新鮮といえば新鮮、ただよくある日本の都市の風景でもある。調布駅に近づいてくると、いつも利用している方角と反対なので、やはり新鮮だ。
バスは「いきなりステーキ」の前を通る。なんか経営がうまくいってないらしいと聞いていたので、そんなことを妻と話していた。変な朝礼をしているのをテレビで見たことがあるので、ワンマン社長が勘違いしてるんじゃないのか、企業カルト的風土で労働者は大変じゃないのかと思っていたものだ。
調布駅前は少し混雑していた。病院から15〜20分程度であるが、最後だけ進まない。考えて見たら、妻は毎日行きも帰りも、このバスに乗っていたわけだ。どんな気持ちでバスに揺られていたのかと思うと、なんか切なくなってしまう。
朝、調布駅から病院までバスに乗る。夕方、病院から調布駅までバスに乗る。調布駅と自宅の間にだって距離がある。どんな心持ちで歩いていたのだろう。そんなことを考えていた。
朝病室に着いたら、「○○!」と私の名前を笑顔で呼ぶ妻。その都度、嬉しかったのだが、妻も嬉しさに溢れている。まあ“バカ夫婦”ではある。
妻の性格を簡単に説明はできないが、笑顔の時は100%笑顔だし、悲しい時は100%悲しいし、怒る時は100%怒る、そんな人だ。1%も他の感情が邪魔せず、その感情で満たされている、そんな人だ。
だから、私が入院していて、ひとりで歩いている時、バスに乗っている時、部屋で過ごしている時、つまり私がいないという感情に覆われてしまうのではないかと心配になってしまう。それも今からはおさらばだ。
結局、退院して一番良かったのは妻と共に居られるということだ。まあ、妻は毎日病院に来ていたのだから、共にいたわけだが、やっぱり違う。
バスが調布駅に着いた。ここで降りていたんだと思っていたら、妻によれば、違う場所でも降車位置となるらしい。駅前は賑わっている。ラグビーのイベントだ。色々な出店があるだけではない。子供達がラグビーボールで遊んだりしながら、ラグビーという競技を理解するイベントが盛りだくさんだ。子供達がよくわからずトライと言って笑顔ではしゃいでいる。
2019年はラグビー人気の年だったわけだが、ここで実感することができた。よし、飯でも食おう。トンカツに決めていた。