さて、翌日はディジョンへ
Jピエールが迎えに来る約束は16時だった。
午前中、「薬局」の奥さん、ミシェールが、ここシャトードヴァンセンヌの街を案内してくれるという。
この薬局夫妻との関係を説明しておこう。
2011年の震災前の2月に彼らは来日した。本来なら我が家にも招待、そして宿泊予定でもあった。ジャンルイさんとこの奥さんが元高校の教師だったということで、友人関係にあり、ジャンルイさんからの紹介で会った。
ただ、パリ空港へ行くときに、農業用のトラクターが前を走っていて大渋滞し、彼らは予定の飛行に乗れなくなり、すでに日本に来ていたジャンルイさんと連絡を取ったのだろう。関西着便から東京着便に変更することになり、その後のスケジュール、関西での滞在の日程も、変更を余儀なくされたのだった。
その結果、奈良では宿泊できなくなり、日帰りで、しかも家に来てもらうこともできず、そのまま滞在先の京都へと戻ってしまったのだった。その時から「アパートがあるので、連絡してね」と言われていたのだった。実は今回まで、メールのやり取りはいつもご主人とだった。しかし、ご主人は、アパートの件に関しては、ノータッチだったのだ。
実は数年前、彼らの家を見るために、こっそり行ったたことがある。また2019年春には、アンリ夫妻や郊外に住むアニエスの甥夫婦とともに夕食を取るため、シャトー・ド・ヴァンセンヌの駅前のレストランに来たこともある。
そうそう、ヴァンセンヌの森は、ソフィアンの両親と散歩したこともある。
しかし、ゆっくり街を歩くのは、もちろん初めての事であった。
アパルトマンを借りるときの大事なパン屋の確認、そしてスーパー、私の好きなモノプリ(スーパー)もある。ケーキ屋さんや、チーズ屋、チョコレート屋、お惣菜屋など、おしゃれなブティックもたくさんあるようだ。
こじんまりしていて、治安も悪くない。
そして、今回大規模ストライキで、動いているメトロは14路線中2本だけ。その一本の終着点でもある。RERの駅もある。
いわゆるフランスらしいカフェの数が、パリに比べると少ないのが気になるくらいだ。
奥さんは、これからピラティスに行くというので、お昼前に別れた。
彼女の美しいプロポーションは、ピラティスで維持されているのかもしれない。
この季節、この町にも小さな規模ではあるが、クリスマスマーケットもある。
次に帰ってくるのは、アルザスやリヨンから帰ってくる12月26日なので、今日しか見ることはできないだろう。
市庁舎前にはスケートリンクもあり、子供達がわいわい滑っていた。
何か買いたい気持ちになるが、やはり本場アルザスのために取っておこうと思った。
そして、アパートへ帰って、少し休む。荷造りなどしているうちに、16時が近づいてきた。
ジャンルイさんもやってきたが、私が彼にここのカギを預け、26日にはパリ・リヨン駅に鍵を私に渡すため迎えにきてくれ、ここまでおくってくれるという約束が整うと、帰って行った。