【12】へ
荷物拾わなきゃ。雪に埋もれちゃう。
柴崎が思い出したように言うので、二人で路面に落ちた引き出物の紙バックの中身を拾い上げた。
夜道で足下がよく見えなかったが、それでもなんとか入っていたものは回収できた。
「ケーキだったからよかったー。食器とかだったら、割れてたわ」
「これもお前のか?」
手塚は緑色の包装紙に、真っ赤なリボンがついたギフト仕様の平箱を柴崎に渡した。クリスマスカラーが夜目にくっきり映える。
受け取った柴崎は、「……いけない。忘れてた」とその箱の表面の雪を手のひらでそっとぬぐってから、
「はい、これ。あんたに」
と両手で差し出した。
手塚はきょとんとする。
「俺に?」
「うん。――渡そうと思って、披露宴会場まで持っていってたの。でもなんだかタイミングなくて。
そのうち喧嘩しちゃうし。ばたばたで、遅れたわ。もらって。クリスマスプレゼントよ」
手塚は反射で受け取り、ギフト包装された箱と柴崎を交互に見た。
いきなりのことで、礼を言うよりも先に、素で「え。……なんで」と馬鹿なことを訊いてしまう。
「いらないんなら、誰かにあげちゃって」
「いや、そうじゃなく。
俺がもらっていいのか」
クリスマスプレゼントを柴崎にもらうなんて、これっぽっちも予想してなかったから、手塚は幸せのプチパニックに陥っていた。
「あんたのために買ったんだから。あんたにもらってほしいんだけど」
全然喜ぶ気配が見えないので、柴崎が少し拗ねた顔になる。
手塚は慌てた。
「あ、ありがとう。いや、正直、魂消て」
「どういたしまして。――これの、お礼よ」
柴崎は言って、自分の耳をちょんと指先で触って見せた。
あ。
冷気を吸って赤くなった耳たぶには、ピアス。雪に雪を重ねて、きらきらと透明な光を生み出して柴崎を引き立てる。
手塚は平箱を大事そうに持ち直しながら、「いま開けてもいいか?」と訊いた。
「いいけど。すぐに使えるのにしたから」
はやる気持ちを抑えて、慎重に手塚はリボンを解き、封を切った。
包装紙から出てきた高級そうな箱に収められていたものは。
手塚は目を瞠った。
黒の、上質な革の手袋だった。手塚の好きなブランドの。
「あんた、いつも寒いのに手袋しないから。今だって」
だから、となぜか言い訳するように言った。照れくさいのか、視線はやや下向きだ。
なんだか本当に、自分の手の中にあるのに、まるで重みを感じられないくらい信じられなかった。現実じゃないみたいだ。
「有難う。すげえ嬉しい」
やばい。
ほんとに頬が緩む。
柴崎が、俺のためにプレゼントを用意してくれていた。
ブランドショップにわざわざ足を運んで、今日のために用意してくれていた。そしてそれを今夜俺に手渡そうと、わざわざ会場まで持ってきてくれた。
かさばったと思う。披露宴用の小さなバックに入るサイズじゃない。
今日は昼から雪だったし。タクシーに乗るときだって、置き忘れないように気を使っただろう。
渡そうと思えば、寮でだって渡せたはずだ。別に今日でなくても。明日だってよかった。
でも。
なのに柴崎はここまで持ってきてくれた。この夜のために。
その気持ちごと、みんな嬉しくて仕方ない。
「はめてみて」
と言うので、手塚は新しい革のにおいがするそれに、手を通した。
ぴったりとなじむ。上等な品質だと分かった。
とび切りの笑顔を柴崎は浮かべた。
「似合うわ。あんたの手は特別なんだから。大事にして」
狙撃手と言う意味だったのだろう。
でも手塚の耳には別の意味のように聞こえた。
うん。と頷きながら、手塚は思った。
俺はなりたい。
柴崎。お前を守って、お前に触れることの許される、特別な手の持ち主に、――そういう存在に、なりたいよ。
そんな思い、全部を込めてもう一度手塚は噛み締めるように言った。
「ありがとう」
それから手塚は柴崎の手を引いて駅構内へと向かった。
既に地下道のアーケードの中に入ったので、おぶうまでもなかった。混んでるから危ない。言い訳のように手塚が手を把った。
「手袋、したら」
せっかくあげたのに。柴崎が言う。
「してるよ」
「……ちゃんと、両手でってことよ」
「うん」
頷きながら手塚は柴崎の隣を行く。
「聞いてるの」
「聞いてるよ」
「、もう」
すっかり照れてしまって、柴崎はむくれた顔。
手塚はプレゼントされた手袋、片方しかはめていない。もう片っぽは大切にコートのポケットにしまってある。
柴崎の手を引く左手は、素手のままだった。
人ごみの中をどこか夢心地で行く二人。足取りが甘かった。
「お前、手、あったかいな」と手塚が言うと、
「手の冷たい人ほど心は温かいっていうけど、あれって俗説だからね」と柴崎が返した。
「そうなのか?」
「そうよー。あたし、大学の頃リサーチしたことあるもん。実際」
「ほんとかよ」
他愛もないことをやり取りして、急ぐでもなく前に進む。
本当に話したいことは他にあるのに、お互いにそれに目を向けるのがなんだか気恥ずかしくて、無理に別の話題を探しているような。そんなぎこちなさを感じながら、でもこういうのも悪くはないな、と肩の力を抜きながら、二人は歩いていく。
少しでも先送りしたいという意識が心のどこかにあったのかもしれない。手塚も柴崎も。
――これから、どうするのか。という問題を。
帰るのか、それとも今夜は帰らないのか。
帰らないと決めたら、どこかに泊まるのか。
大きな決定を下すときが、じょじょに近づいていたから。
だから、駅に入ってからの足取りの方が、入る前よりもゆっくりとなっていたことに、二人はうっすら気づいていた。けど、気がつかない振りをした。
互いの手の感触を、肌に感じながら。
駅に行って再確認したことは、みっつ。
ひとつ、電車は依然不通だということ。今夜半まで降り続く雪のため、運転見合わせの予定だと駅員は繰り返し、いたるところにその旨伝える掲示、表示が出ている。
ふたつめ。バスの代替運転はなんとかかんとか行われているようだが、生憎武蔵野方面への路線はもう時間が過ぎて終わってしまっているということ。
みっつめ。タクシーだけがチェーンをはいてフル稼働しているが、予約でいっぱいですぐに乗れる状況ではないということ。少なくとも2時間待ち、という案内が乗り合い所に貼り出されてうんざりした。
夜も遅い時刻に差し掛かり、駅で立ち往生食らった人々の疲労も色濃い。まるで今夜の悪天候が、電話の相手のせいのように悪罵を携帯にたたきつける人もいれば、駅員に罵声を浴びせてなんとかしろと掴みかかる者もいた。どこかしら殺伐とした、非常事態特有のムードが閉塞した駅と言う場所に立ち込める。それに寒波による寒さも加わり、さらにそこの空気は重苦しいものとなっていた。
そんな中、手塚と柴崎は上のみっつの要素をかんがみ、意見を交わしていたがなかなか結論を導き出せないでいた。
「……では、決を採りまーす。
時間がかかってもタクシーを予約して空きを待って、タクシーで寮に帰るのがいいと思う人」
柴崎が訊く。手塚は手を挙げない。腕を組んでむすっと言う。
「待ってる間に、動いた方が早い」
「いいから。
じゃあ、次。実戦部隊はミッション遂行の意思が固いようですがあ、ここから武蔵野基地まで歩いて帰った方がいいと思う人」
すぐに手塚が反応する。手袋をしている右手を挙げた。
「初めからそう言ってる」
「でも実際問題、あたしをおぶって帰るのは消耗するし、夜だから足場も危ないし、心配だと思う人ー」
言いながら、柴崎本人が挙手してみせる。
「ほんとに気持ちは嬉しいけど、無理してほしくない人ー」
柴崎は手を下ろさない。挙げっぱなし。
手塚は黙った。
「……」
「ということみたいよ」
「なんだよ、そのひとごとみたいな口ぶりは」
「同期の心理も汲めない男に理由を教えるつもりはないわね」
言われてぐ、と手塚が詰まる。
「分かってるよ。でも無理な話じゃないんだぜ。お前をおぶって歩くの、訓練の重装備に比べたら、ほんとになんてことない」
「分かってるわ。あんたが口先だけの男じゃないってことは。
でも、今日だっていちにち勤務してる。なのに夜更けまで、あんたに無理させたくないのよ、」
一瞬だけ、二人の視線が絡み合った。
解いたのは柴崎が先だった。意識して口調を戻す。
「……はい、じゃあラストクエスチョンね。
今夜はこの駅の周りで宿泊できるところを探して、泊まって行ったほうがいいと思う人ー」
柴崎がわざと平坦な口調で問う。
手塚の前、彼女の手は下ろされなかった。
手塚は眉も動かさず柴崎の顔を見詰めていた。
「……明日のためにもここで無理しないで、夜を明かす方法を考えた方がいいと思うわけ。まじめな話」
ふと、声を素に戻す。
真顔に返った。
「……お前はそれでいいのか」
「いいわよ。あたしは。まあ、さっきの披露宴があったホテルのグレードなら最高だけど、寝泊りできるんならどこだって文句は言わないから。この際だから屋根がついて雪が凌げればどこだって我慢しようじゃないの」
威張って見せるのは虚勢か照れ隠しか。
いずれにせよ、手塚がいくら説得しても柴崎は泊まりの方向で話を進めたほうがいいと言う意思は変えなかった。
「サイアク、マックとかファミレスで夜明かしってことも覚悟の上でね」
「……お前がそれでいいなら」
手塚は不肖不肖顎を引く。
「あたしは大丈夫よ。徹夜したことはないけど、そういう場所で」
何事も経験でしょ。とどこかの教師のような口ぶりで付け加える。
「じゃあ……。電話、入れるか。寮監に」
「……うん。また時間差でね」
「俺は自宅に足止めってことで。お前は? なんて理由にする?」
「二次会で帰れなくなっちゃって、カラオケボックスで夜明かし、がベストかな。始発が動くかどうか様子見して帰るって言うわ」
「うん……」
無言。
そして迷いを吹っ切るように、手塚が言った。
「じゃあ、電話したら、探すか。――今夜、泊まれるところ」
ホテル、とあからさまな言葉を避ける辺りがこの男らしいのよね。そう思いながら、柴崎はそうね、と小さく頷いた。
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このまますんなりとお泊りできるのか?>手柴
クリスマスプレゼントは持って来てるって設定だったけど、危うく喧嘩のシーンを書いてて忘れてしまいそうでした(えええ)。手塚に黒革は似合いますよー。うふふ。柴崎のドレスも楽しみにしてて下さいね(大風呂敷)
こっちの連載はインターバルですが、夜の部屋、更新しましたので、それまでよかったらアチラでも。てへ。
拍手コメントくださったみなさまへ
プチパニックの手塚を可愛いと仰ってくださって、嬉しいですv 手袋もらったのに、柴崎とはあえて「素手」つなぎに萌える……ありがとうです!後半もじれじれ路線で行きますので、なにとぞよしなに。
始めましてのご挨拶もいたみいります。ここまで一気読み、有難うございました。よかったら後半もお付き合い下さい。