蕾・花咲く

「うっわあ！　柴崎さん、綺麗ですねえ～」
タクシーから降りて、寮の玄関に入ってきた柴崎を見るなり、安達が感嘆の声を上げた。
公共棟のロビーに居あわせた連中がいっせいに振り向く。
数秒目を瞠った後、一様にほうとため息をついた。
柴崎は黒地に桜の花びらを散らせた振袖姿だった。
自慢の黒髪も今日は楚々と結い上げている。匂い立つような美しさだ。
柴崎の後から現れた郁がこらこらっと肩を怒らせた。踵から履きなれないヒールを取りながら、「柴崎だけかい。あんたら社交辞令って言葉、知ってるの？」と言う。
郁も今日はドレスアップしている。薄絹のシルバーのワンピースを粋に身にまとい、人目を引くことこの上ない。
身長があるから、正装すると映えるのだ。
「あ、お帰りなさい、堂上三正。もちろんすっごく綺麗ですよう、三正も」
安達が席を立って出迎える。郁は苦笑を隠せない。
「もって、なんだよ、【も】って！」
「今日はお友達の結婚式だったんですよね？　お二人ともとっても素敵です～」
柴崎と郁は目を見交わして微笑を作る。
普段はあけっぴろげな性格のこの後輩を不得手としていたが、こんなストレートな褒め言葉なら大歓迎だ。
「どうでした？　お式は」
「よかったよー。新婦が同期だったんだけどね。花嫁じゃなくて花婿がずっと泣きっぱなしでさ。それを花嫁がしかたないなあって感じでずっと隣であやしていて、でもすっごく幸せそうだった」
ね？　と郁が目で訊くと、
「あれはある意味、感動的だったわよね」
柴崎が肩をそびやかす。
「それはそうと、堂上三正はどうして寮へいらっしゃったんですか？　珍しいですね」
「あたしは柴崎のつきあいよ。これから着物脱ぐっていうから、手伝い」
あたしで手伝いになるかどうかはアヤシイけどね。と付け加え。
「そんなことないわ、助かる。着付けは美容室でやってもらったけど、畳んだり仕舞ったりっていうのはあたしだけじゃ心許ないし」
「ええ、脱いじゃうんですかあ。こんなにきれいなのにー。勿体無いですう～」
安達はうっとりと柴崎の晴れ着を眺めた。
「ありがと、これ、母が昔着てたものなの。今日のためにわざわざ実家から一式送ってもらっちゃった」
「新年早々のお式には、和装も似合いますもんね」
安達の言葉ににっこりと返した柴崎は、ロビーをさりげなく見回す。あくまでも、さりげなく。
誰も彼も、自分を見ている。女子は憧れと羨望の目で。男子は嘆賞のまなざしで。
でも……。
「いこ？　柴崎。引き出物もったげる」
「あ、うん」
郁に促されながらも、柴崎の足は動かない。
ためらいがちにロビーに視線を当てたままだ。
誰かを探している風だったので、郁は声を掛けた。
「柴崎？　どうしたの」
「え、ううん。別に」
なんでもないわよ。とわずかに首を振る。
踏ん切りがつかないまま、きびすを返して部屋に向かおうとした。
自然、皆の視線も柴崎の動きに合わせて動く。
そこへ、――彼が現れた。
玄関からゆっくりした挙措で入ってくる。コンビニにでも出かけていたのだろう。白いビニール袋を手にぶら提げている。
靴脱ぎでシューズを脱いで、顔を上げた。
目が合った。
手塚は驚いたのか、うっすら口を開けたまま柴崎に視線を固定した。
はじめての着物姿に見惚れた。
柴崎はほっとした。――間に合った。
目許がほころぶ。柴崎は手塚の目をじゅうぶん意識しながら着物の裾をしとやかにさばいて郁の後を追った。
数歩先で待っていた郁が笑みを浮かべる。
背後の手塚にひらひらと手を振って見せながら、
「……手塚、びっくりしてるよ」
と囁いた。
柴崎はなんでもないことのように頷いた。
「知ってる」
と。


色々手間がかかったけど、やっぱり送ってもらってよかった。
一番気に入ってる着物と帯。
身に着けるだけでも気持ちがいいけど。
見せたい人に見せられて、しあわせ。
まだ手塚の視線が背中から追いかけてくるのを感じながら、柴崎は微笑んだ。
桜の蕾がほころぶように。

fin.

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