彼には過去(かこ)へ戻(もど)ることができる能力(ちから)があった。そのことを知っているのは、彼が働(はたら)いている喫茶店(きっさてん)の老(ろう)店主だけである。
――お店に同級生(どうきゅうせい)だった女性がやって来た。彼は彼女に声をかけた。
「内藤(ないとう)さん、だよね? 僕(ぼく)、高木(たかぎ)…、高校のとき同級生だった…」
彼女は気まずそうに答えた。「ああ、高木君…。覚(おぼ)えてるわよ。ここで働いてるんだ」
彼女は何か思いつめているようだった。話を聞いてみると、同級生だった人と付き合って結婚(けっこん)したのだが、その男は最低(さいてい)のげす野郎(やろう)だった。彼女は涙(なみだ)ながらに言った。
「どうしてあの時、あの人を選(えら)んじゃったんだろう。他の人もいたのに…」
彼は能力(ちから)を使うことにした。げす野郎と付き合わないように仕向(しむ)けて元の時間に戻って来ると、そこへ彼女がまたやって来た。今度の彼女は、どこか疲(つか)れ果(は)てているようだ。
彼女は言った。「同級生の人と結婚して、幸せだったのよ。でも子供が産(う)まれてから、彼が病気(びょうき)で亡(な)くなって…。今は小さな子供をかかえて、これから先(さき)、どうすればいいのか…」
彼は、また能力(ちから)を使うことにした。でも、今度は何もできずに戻って来てしまった。そこへまた彼女がやって来た。今度の彼女は溌剌(はつらつ)としていた。でも、彼に愚痴(ぐち)をこぼした。
「この歳(とし)になるまで独身(どくしん)だなんて思わなかったわ。あの時、付き合っちゃえばよかった」
客が帰ると、老店主が彼に優(やさ)しく言った。「どんな人生(じんせい)が幸せなのか…。それは他人(ひと)が決めることじゃない。その人生を生きた人が、人生の最後(さいご)に決めるもんじゃないのなかなぁ」
<つぶやき>人生は一度きりです。どんな人生を送るかは、その人自身(じしん)が選(えら)ばなくちゃ。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。