「これのどこが上品(じょうひん)なんですか? こんなの全くの駄作(ださく)じゃないですか。死体(したい)はグロすぎるし、出て来る探偵(たんてい)はヘボですよ。それに、何ですかこのトリック。こんなの小学生でも思いつきますよ」
「き、君(きみ)は…。私がどんな思いでこれを書いたか…」
作家(さっか)は立ち上がると、背(せ)を向けて部屋の隅(すみ)にうずくまった。一緒(いっしょ)にいた上司(じょうし)らしき男は、ハラハラしながら彼女にささやいた。「神崎(かんざき)君、それはちょっと言い過(す)ぎだろう。我々(われわれ)は編集者(へんしゅうしゃ)なんだから、もう少し穏(おだ)やかに話さないと…」
彼女は目をつり上げて、「なに言ってるんですか。駄作を世(よ)に出していいんですか?」
作家は突然(とつぜん)立ち上がると苦悶(くもん)の表情(ひょうじょう)を浮(う)かべて言った。「もう、辞(や)める。辞めてやる!」
彼女は立ち上がると作家を睨(にら)みつけて、「はぁ? ミステリーを書きたいって言ったのは先生でしょ。それを、ちょっとけなされただけで放(ほう)り出すんですか? それでもプロかよ」
作家は思わず口にしてしまった。「分かったよ! 書いてやるよ。書けばいいんだろ。お前が腰(こし)を抜(ぬ)かすような最高傑作(さいこうけっさく)をな。一週間で書き上げてやる!」
作家は書斎(しょさい)へ飛(と)び込んで行った。上司の男は、ほっとしたように彼女に言った。
「もう、無茶(むちゃ)はしないでくれよ。もし先生に辞められたらどうするんだ?」
彼女はけろりとして、「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。先生のことは全部把握(はあく)してるんで。これなら、十日もあれば良い作品が出来上がるはずです。期待(きたい)してて下さい」
<つぶやき>怖(こわ)い、怖すぎます。でも、最高傑作はこうして身を削(けず)って生まれるのかも…。
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