年輩(ねんぱい)の紳士(しんし)が、若(わか)い女を前にして言った。
「それを知ってどうするんだ? 人に知られたくないことは、誰(だれ)にだってあるもんだ」
「だって、好きな人のことは何でも知りたいじゃない」
「何を聞いても、お前はそれを受(う)け止めることができるのか?」
「…何よ。そんな言い方されたら…。あたしは、どうすればいいのよ」
「心の奥(おく)に秘(ひ)めていることは、そっとしといてやればいいんだ。下手(へた)をすると、すべてを無くすことになりかねないぞ」
「おどかさないでよ。でも…、あの人、あたしのこと裏切(うらぎ)ってるかもしれないでしょ」
男はかすかに笑(わら)うと、「あいつに、そんな甲斐性(かいしょう)があると思ってるのか?」
「失礼(しつれい)しちゃうわ。あの人だってね、モテたりするんだから…」
「あいつには、お前しか見えてないよ。他(ほか)の女のことなんか――」
「そんなこと、分かってるわよ。分かってるけど…。何か、あたしに隠(かく)してるのよ。それは、間違(まちが)いないわ。あたし、不安(ふあん)なのよ。あたしの知らないあの人がいるなんて…」
「まったく、こんなとこで、のろけを聞かされるとはなぁ」
「そんなんじゃないわよ。もう、相談(そうだん)なんかするんじゃなかったわ」
「じゃあ、あいつが打(う)ち明けるまで待ってやれよ。それも、愛情(あいじょう)のうちじゃないのか」
<つぶやき>誰にも知られたくないことってあるよね。昔(むかし)のあんなことや、こんなこと…。
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