僕(ぼく)は、母がやっている小さな喫茶店(きっさてん)をたまに手伝(てつだ)っていた。別にバイト代がもらえるわけではないのだが、母のおかげで学校(がっこう)へも行かせてもらっているし、それに、いろんなお客(きゃく)さんと話が出来(でき)るのはとても楽しかった。僕にとっては大切(たいせつ)な時間になっている。
――最近(さいきん)になって、ちょっと気になるお客が来るようになった。その人は、僕とそれほど歳(とし)も違(ちが)わない女性で、なぜか僕が働(はたら)いている時間にやって来る。それは、母に確(たし)かめたから間違(まちが)いない。どうして、僕がいるのが分かるのか不思議(ふしぎ)だった。
でも、不思議なのはこれだけではなかった。彼女と話をするたび、彼女は違(ちが)う名前(なまえ)を名乗(なの)るのだ。それに、この店に来たのは初めてで、もちろん僕とも初対面(しょたいめん)、という感じで彼女は話をする。初めのうちは、僕は本当(ほんとう)に別人(べつじん)なのかと思ってしまった。
こんなことが何度かあって、彼女のことを気にかけるようになってしまった。来る度(たび)に着ている服(ふく)はガラリと変わるが、顔形(かおかたち)や声、しゃべり方は全く同じ。どう考えても同一人物(どういつじんぶつ)としか思えない。でも、彼女が嘘(うそ)を言っているようには見えなかった。
いつの間にか、僕は彼女のことを…、この謎(なぞ)に満(み)ちた女性を好きになってしまったようだ。僕は思い切って彼女をデートに誘(さそ)ってみた。――約束(やくそく)した日は昨日(きのう)だったが、彼女は僕の前には現(あらわ)れなかった。そして今日、彼女は僕の目の前に座(すわ)っている。そして、何時(いつ)ものコーヒーを飲みながら、僕と初対面の会話(かいわ)を楽しんでいる。
<つぶやき>彼女と付き合うには、毎回自己紹介(じこしょうかい)から始めないとね。大変(たいへん)そうだけど…。
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