お松のルーテル日記

キリスト教会(プロテスタント)での学びや聖歌隊での活動、
趣味の小説執筆や読書、サイクリングなどに関する日記

橋下さん、もうやめちゃえば?

2012年10月04日 | 日記
よし! 抽象的な日記も明日で終わりだ!

早く通常の生活に戻らなければならない。
本番は明日なのだけど、答えは今日すでに出ている。
明日はそれを丁寧になぞるだけだからね。

世間話を少しだけ・・・

大阪の橋下さんは同い年だし、心底では応援してるのだけど本音を言えば・・・

○「人間の器」としては知事・市長あたりがベストだったんだよ!(国レベルでは「2番手」がベスト)
 馬鹿にしてそう言うんじゃなくて、「適材適所」の話なの!
 あなたは武将ではなくて、例えれば幕末の「清河八郎」なの!(似てるって意味じゃなく、器の大きさが)

○ここから立て直すには不用意に敵に回したマスコミ(ワイドショー関連)に1回ちゃんと謝った方がいいよ♪
 みのもんたやその他大勢なんて俺も大嫌いだけど好き嫌いの問題じゃない、よね?
 これをやらないと絶対に浮上できないだよーーー(試しにやってみ? 意外に効くはず)

○表立って活躍してもらう有能な参謀が一人もいないのが痛すぎるでしょ?
 小泉さんを支えた飯島秘書官とか、そういう存在がいなさすぎ(というか無謀すぎ)・・・
 続けるならば、今からでも誰かを引っ張って来い!(元財務官僚のあの人とか)

○「いくさ」をやるには知恵や人望よりもまずはお金が大事なのよ(戦国時代小説を読んでない?)
 お金を持ってない国会議員など、ただお荷物なだけなのに・・・(露呈するのも早かったねー)
 集まった連中の人相がみんな悪すぎるでしょ!


私見としては、もうやめちゃえばいいよ。やるだけ橋下さんの死期を早めるだけだよ(本気で言ってるよー)
然しながら、あなたが表舞台に出なくちゃいけない状態にしたのは国民全員の責任!!!
「そらみろ!」とあなたを笑う奴は殴っちゃえ!!!(俺が許す~笑)

捨てる価値

2012年10月04日 | 日記
なんでこのテンプレートか? だってコレが一番ブログタイトルが大きいンだよーーー。
それにハート型にひかれて・・・。
このところ重い日記が続いたし、気分転換してみよーーと思い。

一応、「重い問題」は今度の金曜日には「一応の決着」がつくハズ。
そうそう、、
オレが大事な局面で「命をかける」ことについての批判ってのは、結構ある。(旧友達から心配も含めて)
矛盾してるけれど、オレはその批判は正しいと受け止めているのだ。(ほんとだよーー)
オレは、オレ自身の命を、軽く用いすぎる。(いばるな!)

だけど、オレは今後もこれをやるだろう。 割と簡単に命をかけるだろうと思う。
それは、これ以外に「もっといい方法」が無いからだ。(今は家庭を持ってないし)
自分でも情けない。 けれど、オレにはお金も無い、権威も無い、大きなツテも無い、冴え渡る弁舌も無い。
文章?

文章はわりと得意(「うまい」という意味ではない)かもしれない。
でもね、文章はしょせん文章なのね。 ただの記号です。
そういう意味では言葉もいっしょ。 目には見えないけれど、言葉ってのは「モノ」なのだ。

文章や言葉で人の人生が変わるときは、ある。
それは認める。
でも、忘れちゃいけないのは、そういう時もその人は「文章や言葉の発信元」を見てるのだ。

人を変えるのは、人なんだ。
人は、人でしか変わらないんだ。

だから、ある人に、本当に自分の意思を伝えたいならば、やっぱりある程度命をかけなきゃならない。
命をかける、というのが重過ぎるならば、「体を張る」でもいい。(でも本質はいっしょでしょ?)

これは、今のところのオレがたどり着いた考えにすぎないから、将来は変わるだろう。
でも今はこうするしかないと強く思っている。

自分を捨てて他人を立てようとするなら、死ぬ覚悟がどうしても必要だ。(もちろん、死ぬのはオレも怖い)
人を生かすのは、人の命がけの行為だと思うから。

今のオレには、命をあげることしかできない。(他に何も持ってないからだよチキショーー)
自分が死んでまでも生かしたい人というのは、確かにいるんだと知った。(ちょっとくやしい)

人による 時による

2012年10月03日 | キリスト教会
人間っておもしろい。

レコードにもA面B面あるが、人間にはC面もD面もある。


池波先生は「剣客商売」の主人公・秋山小兵衛に、

「世の中、白と黒だけで切り分けようとするから無理だ出る。

 人間には白と黒の中間もあれば黄もある緑もある、赤があって青もある。

 ひとつの色だけではとてもおさまらない。 それが人間さ」

というようなことを、うる覚えだけど、言わせていたと思う。


俺は世の中の仕組み「のようなもの」をサラリーマン時代の経験と池波正太郎から学んだ。
ひと頃、いや今も、日本の中学校国語教育は漢文と万葉集、
そして「池波正太郎 全巻」を教材にすればいいと真剣に考えているのだ。
「司馬遼太郎 全巻」まで加えれば歴史教育も同時に済んでしまうだろう。

ちなみに「歴史観」なんて基本はそんなものだ。
みんなそれこそ「分かったつもり」になっているにすぎず、
誰でも必ず誰かの「史観」の影響下にある。(日教組、時々の歴史教師、司馬さん、海音寺などなど)
新選組の近藤勇の歴史観のほとんどは頼山陽の「日本外史」だった。
興味があったら「日本外史」、読んでみるといい。
中身なんてペラッペラでびっくりすると思う。
でもそのペラッペラで幕末では「その時歴史が動いた」のだから馬鹿にできないではないか。

先日、教会の兄とも慕うペテロさん(仮名)に、悩みのことであれこれ話をしてた。

その際ペテロさんが言うには、

「君は心臓に毛が生えたみたいな人なのに、馬鹿に神経質なときがあるねえ」

そうだよ。 「心臓に毛がはえてる」時の俺も俺。

だけど、水滴が落ちる音にさえビクつく神経の持ち主である俺も俺、なのだ。

どっちも本当の俺。

そこで俺はペテロさんにこう説明しておいた。

「俺は、例えば仕事をする時には全身に鎧を付けて、左手に盾を、右手には剣を持ちます。

 戦いだから非情になるときもあるし、巧緻を屈指するときもある。

 だけど、『家の自室にいるときと教会にいるとき』だけは別なのです。

 教会にいるときの俺はほぼ素っ裸に近い。 ごくごく自然体。 心から安心してるです。

 そんな時、悪意を持った完全武装の敵に急襲されたらどうなるか?ということなんです。

 当然、瀕死の重傷を負うでしょう? 今はその状態なんですよ」

池波正太郎

2012年10月02日 | キリスト教会
台東区の生涯学習センターには「池波正太郎・記念文庫」がある。
オレは人生の節目節目には必ずここに立ち寄ることにしている。
離婚した時、退職した時、バイトを始めたとき、友人が亡くなったとき、などなど・・・
何をしにいくかというと、、、

記念文庫には来観者のために雑記ノートがおかれている。
記入内容は自由だがそこは池波ファン、
しめし合わせることもなく必然的に「池波先生へのメッセージ」の集積となっている。
オレはかなり本気でそのメッセージは天国の先生に届くと信じている。
だからオレはいつも真剣で、ちゃんとした手紙のつもりで書いているのだ。
ノートはもう何冊目なのだろう?
たしかオレが記入を始めてから軽く5年以上はたっているはずだ。

そして、
今日も赴いて記入してきた。
汚い字はご愛嬌だ。
池波先生にいろいろと報告してきた。
まだ生きてます、ということ。
そしていつも通り「先生に一目でも会いたい」ということ。
最後に、もう少し頑張ります、ということ。

きっと読んでくれたと思う。
池波先生に嘘をついたことは無い。
だから頑張るしかない!!

日記が暗いその訳は?

2012年10月02日 | 日記
いや~~、ここ数日の我が日記のなんと暗いことよ!!
なんかもうすぐ死ぬいきおい・・・

いやね、本気で悩むとこうなっちゃうのよね・・・
これじゃ友達できんわな・・・

そうそう、そういえば!

先日、ふと思いつき、バイト先の同僚や教会の先輩などは別にして、
それ以外に「お友達」と呼べる存在が何人いるか考えてみた

・・・・・・なんと、「0」だ! ナッシング! 皆無! 

こ、こ、こ、これは・・・!<えひゃい!
どんだけ人格破綻者なんだオレ??!!
い、い、い、今頃気付いたよーー!!<チュドーーーン

そうか、オレ、けっこう寂しい奴だったのね・・・(知らなかったヨ
いや、まてよ・・・
ネットでの知り合いがいる!

うんにゃ、でもはたしてネットの知り合いって「お友達」って言えるのだろうか・・?
・・・・・・・・・・・・だめか

あーそーか、だからオレって悩んだとき相談する相手がいないのかな???

・・・・って、なんて暗い話題なんだ! いかん! これじゃいかん!
本ばっかり読んでないで、オレ、ちゃんとお友達のひとりくらい作ろうっと<よーーし!

・・・・・・なんだこの日記??