もふもふチャンネル/信州からの風ooブログはじめました!

信州の素晴らしい景色や、日本の謎スポットや謎現象、謎事件をお送りします。時事問題も少し。

もふ小説シリーズ、信州街道の馬子

2022-10-23 15:48:26 | 日記
古く関東地方は、板東と呼ばれていた。農産物が取れた高原信濃の国信州、今現在の長野県。関東の北西端にある群馬県の奥地は上野と呼ばれた険しい人も少ない山里であった。
近代になって碓氷を超える中山道、内山を超える国道256号、田口峠を超える県道、十石峠を超える国道299号、様々な道が出来て簡単に行き来が出来るようになった。
その中でどの道が1番古いかは正確には分かっていないが、全部に共通しているのは、群馬県側は非常に険しい過疎の山奥。信州側は標高の高い高原。非常に苦労して旅人は超えた。
この山を超える道で1番古い可能性がありながら車道が開通していない旧街道、佐久穂町と南牧村を超える信州街道の県道、余地峠。標高1200メートル。
舞台はこの峠の群馬県側、尾上集落(仮)から、始まる。
東京の中流企業の27歳のサラリーマンマサトは、秋の休日、紅葉の中のこの尾上集落を訪れていた。上信電鉄下仁田からも、秩父鉄道秩父からも、バスで2時間はかかる山奥だった。
やっと着いた、、バス停からも遠いな、、
同じ関東とは思えないすごい村だな、、。
ごく普通の大学を出て普通のサラリーマンになって何かが足りない感覚に20代後半襲われて、疲れを癒そうと訪れた。
えっと、民宿角慶、、、これか。

すみませーん、こんにちはー。

いらっしゃいませ。

若い女の子が出て来た。
客室は2階、窓からは森しか見えず、鳥が鳴いている。
何にも本当にない、これがいい、、、。

次の朝、鳥の声で目覚めた。
朝食を済ませ、今日は余地峠を超えるので、山歩きの準備をした。地図だと県道で道があるけど行ってみないと分からない。ある意味冒険だ。

宿の前に出るとなんと!宿の女の子が馬を連れて待っていた。
荷物は馬に乗せて下さいね。では、行きますか。

これは?
宿の紹介には載せてないんです、ごめんなさい。
この道は、戦国時代からある峠道。
すごい大変な道で、地元の人は旅人の案内と荷物運びをしていました。
うちは、代々その家なんですよ。その仕事をこの地域では馬子と言います。私は最後の1人で山歩きする人の案内をしています。

そういえば名前を聞いてなかったね。
真実子です。もう20歳だから普通なら、東京とか埼玉に出てみんな働いてると思いますが、親が高齢で心配で、まだ民宿と時々山案内しています。
尾上集落以外で生活した事ないから、東京のお話聞かせて下さい。峠まで3時間かかりますから。

そうなんだね。東京は東京で、人によるのかなあ?すごい楽しかった話って無いや、嫌な奴の話ならたくさんあるよ。

ちょっと下ったところに小学校と中学校あったんだけど、友達もみんな尾上を出ちゃって。
みんなお年寄りだから、私何してんだろう?って時々思うんです。

道は、一応県道だからか、軽自動車なら通れそうな幅の広い登山道でそんなに険しくもない。
とにかく周りに何も無い。

真実子ちゃんは、こんな山奥歩いて、宿をやっていて怖く無いの?

だって何も無いですよ、この山は。東京の方が怖そうですよ。
強いて言えば、イノシシぐらいかなあ。

マサトは、たまに水を飲んだ。秋でも上りは暑い。
真実子も時々水筒の飲み物を飲んでいた。

すごいね、こんな旧街道があるなんて知らなかった。
でもこの道長野県側はちゃんと車道があるんですよ。他の道もすでにあるし。
もし普通にクルマで行き来出来るようになったら、私達馬子も消えてゆく運命なんです。

真実子の目が潤んできた。
ごめんね、楽しくない話しちゃったね。

やがて坂が緩くなり余地峠に着いた。この峠は登りきっても、空が開けない。景色は森の中。
確かに長野県に入ると道幅がさらに広くなって砂利道ではあったが、車道っぽくなった。

もう少し下ると、ダムがあって、そこから小海線の駅へバスが出てますから、そこまで行きますね。
帰り1人で大丈夫なの?
もう20年で、100回以上は通ってる道ですから。
いざとなったら、あの山道馬に乗って走れますよ。

道が舗装されて、ダムに着いた。
八ヶ岳が見え始めた。

こんなつまらない場所ですが、宿がまだあったら、また絶対来て下さいね。
すごい楽しかったよ!真実子ちゃん!

おじいちゃんとおばあちゃんしかいない尾上も多分消えて行って、みんなの記憶からも消えます。
馬子というお仕事も。
もし宜しければ東京での生活に疲れたら、このなんにもない山を思い出して下さいね。
私も親が亡くなってしまったら、あの村にずっといるか、分かりません。

長野県に入りましたから、いい旅を続けて下さいね!
真実子は、馬に乗って去って行った。
日本の都会と山村の現実。
マサトは、旅の収穫が大きかったと、八ヶ岳を見た。
振り返ると、長野県と群馬県の境目の深い秘境の山が秋の日に照らされていた。