五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

関係書類の再送を求められる

2009-12-16 03:40:03 | 五高の歴史
大正十二年国有財産の実地監査で五高の敷地として使用していない部分、広すぎる宿舎の範囲等は縮小せよと言う通知が来ていたことは先頃紹介したと思うが、その提出されている関係書類を焼失させてしまったので再応し至急回答を送れとの通知が文部省から来ている。焼失したるに付きという理由が付けられているが、それは大正十二年九月一日の、関東地方南部を襲った大震災をさしているのだろうか。その被害状況は日本大百科全書に依れば 震源地は相模湾北部の地点で、地震の強さは最大震度七、規模はM七,九であったということである。 しかし証拠書類の保存については期間も設定されていた筈であるのでその理由がただ焼失したるに付は職員の不注意以外何物でもなかったのではないか、中央官庁の権限が強大であったので、担当者が探すのが面倒だから大震災に便乗してもう一回出させようと考えたのかもしれない。大正十二年といえば約八十五年の昔、大正も遠くなりにけりか!


書類が焼失したので再応回答せよ

官会三三七号

 別記国有財産調査官実査委員の整理意見に関し茲に貴官のご意見音申越の一件書類焼失したるに付き再応回答方至急御取計相成度
大正十二月十一月三日

   文部大臣官房会計課長 文部書記官  窪田治助 印

第五高等学校長 溝渕進馬 殿