五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

道場行所感 昭和十五年十二月三十日分

2012-09-24 04:43:45 | 五高の歴史

昭和十五年二月十一日を期して阿蘇道場は五高同窓会より五高へ寄贈され早速に道場行が始まり夏休みを利用した道場行の報告は道場の責任教授飯島先生の報告を掲げたが、今朝は冬休み合宿研修で道場部主催冬休前期合宿昭和十五年十二月二十五日から三十日までの六日間、全期滞在者十七名、三泊一人、二泊三名、一泊七名、日帰り二名、計三十二名、自分で適当に参加して適当に帰っていたようで、学生の針宮、山下両氏の報告を掲げてみる。

二千六百年はいろいろ思い出の多い年であった。忙しい月日が過ぎて終って最後を道場でしっかり固めることの出来た事を喜ばしく思っている。静坐をしたり掃除をしたりした事も懐かしい想い出になることであろう。大阿蘇の雄姿を朝夕眺めていて、何時も変わる様に思われるが、その大きさだけは変わらない。大きさを求める心は常に持っていたい。一日道場の裏から兜岩へ登り白皚々の外輪山上を吹雪を浴び乍ら大観奉へ着いた。大観奉からも大阿蘇の姿をつくつぐと思った。小さな土地を耕しても大自然の大きさを思う。道場は良い。和やかである。謙遜である。美しい、大自然そのままであり、吾々のあるべき姿である。二年の諸君が特に五日間の道場生活のために奉仕的に努めてくれた事は感謝に堪えない。私は今与えられたことに感謝する心のみである。(昭和一五、十二,三〇理三乙 釘宮)

朝まだき板木音と共に起床し、只静坐すること半刻にして東の空が白み始める。眼前にくっきり浮かび上がってくるのは影絵の如き阿蘇五岳の涅槃像である。厳然な寒気の中に崇高な此の姿を拝して、おのずから敬虔の念に打たれひとしお身の引き締まる思いがする。私は此の大阿蘇の姿を愛敬して止まない。黎明には柔和な相貌を呈し中天の陽光を浴びては白雪燦として輝き人をして峻厳の感に襟を正さしめ、静寂そのものの如き黄昏の姿に釈尊入寂の時もかくやと思わしめる。実に質実剛毅木訥を愛する龍南人の範として仰ぐべき姿である。此の数日に渡る生活にはやがて思い出となるであろう数々の事もあるが、然し道場生活の真意義は生活即修養、学即業を体得する所にあると思う。吾々は平素或は真理を求め或は体系を打樹てんと机前に呻吟すれども自ら真理なりとする所脆くも現実に直面して崩壊し去って亡羊の嘆之を久うする。然し真理は空々裡の思索に求むるも亦一策なれども現々の実践に握るも亦一策ではあるまいか、「教育の意義は人々に知らざることを知るように教えるにあらずして人々が日常の行動を一新せしむるにある」という西哲ラスキンの言は之を暗示するものではなかろうか。箸を取るにも箒を持つにも行坐臥はては一挙手一投足にも気を入れ心をこめるならば退屈焦慄、放心、懊悩に任すべき時はない。僅かに五十年の人生なりとも必ず為す所であろう。私は此の五日間の道場生活を終るに当り従来忘れ去られていた貴きものを再び心に蘇へらしめた歓喜を抑えることが出来ず、又此の得難き体験と楽しき思い出を全龍南人が享受し得る機会に恵まれている事を心から喜ぶものである。(昭和一五,一二,三〇 文三甲一  山下)