今は昔、藤原鎌足の曽孫 藤原豊成(ふじわらのとよなり)に
「中将姫」と名づけられた少女がいた
この美しく聡明な姫は幼い時に実の母を亡くし
意地悪な継母に育てられる
大蘇芳年 画 明治二十六年三月印刷
【當麻寺(たいまでら)の中将媛】
蓮(はちす)の糸と共にいくつもの辛苦を重ねたのは
父横佩(よこはぎ)大臣豊成卿が筑紫へ左遷させられてから
継母に無慚の雪責を受けるが 吾身への悪事の報により
蝮蛇に生れ換ったことを 深く悲しみ世をはかなんで
大和の国二上ヶ嶽(ふじょうがだけ)の麓の當麻寺に出家し
髪をおろし真の佛を拝まんと 蓮の茎より糸を採り
曼陀羅を織った功徳によって 継母も生佛得脱し
虚空たなびく紫雲庵に 弥陀観音がおいでになり
行年二十九才にて西方浄土に旅立ったのは
宝亀六年(775年)三月なりき
柳亭種彦