高校在学中に創った「雄城高讃歌」を唄ってきた。
30年前に創った唄が・・・
今もなお、歌い継がれていることに感謝しつつ・・・
こうやって企画していただいた・・・
幹事の「第5回生」に、感謝申し上げます。
記憶をたどれば・・・
僕が高校3年(18歳)の時・・・
「10月祭」(今は9月祭と言う)・・・
二日連続のイベント(行事)で・・・
「体育的行事」「文化的行事」の二本柱。
要するに・・・
「体育祭」と「文化祭」を二日連続でやると言う・・・
強行スケジュールのイベント。
生徒会企画で「10月祭テーマソング」の募集・・・
毎年テーマソングを作るという企画。
見事に・・・滑りました。
誰も応募しない・・・
「スローガン」「イメージ画」って言うのは・・・
どこにでもあるんだが・・・
そこで・・・
当時の音楽科担当の辛島光義先生からの呼び出し。
「応募なしは情けない・・・おまえ創れ!(笑)」
下宿に帰って創作活動(自爆)
日曜日だったか?平日だったか?
定かではないが・・・
とにかく、徹夜で楽譜を起こして・・・
(実のところ僕は楽譜はかけない(^^;;;)
まぁ・・・形にできたことが嬉しくて・・・
きっと充血してたであろう?目をこすりながら職員室へ・・・
中央廊下で国語の某先生に声をかけられる・・・
「できたか?」
なんで?「この突貫工事」のこと知っているのか?
不可解に感じながらも・・・
妙に嬉しくて・・・楽譜を見せる・・・
「弱起の曲なんぞ作りやがって」・・・
言葉はきついのであるが・・・目は笑っていて・・・
これまた・・・妙に嬉しくて・・・
「初見できるのかな?」と思いつつ・・・
いそいそと職員室へ飛び込む・・・
その場で言われたのか?
放課後・・・言われたのか?
記憶が定かではないが・・・
歌詞は「だめだし」と言うより「没」(自爆)
「日本音階じゃん」って言われて・・・
「???」
「はい!そうです!」とか・・・なんとか・・・
わかった風で返事した気もする。(^^;;;
この楽曲は「日本音階の五音」でできている。
・・・恥ずかしながら・・・意識はまったくない。
またそれも妙に嬉しくて・・・アホ。
しかしながら・・・
最近、音を探ってみると・・・
たった一箇所、ハ長調でいるなら「ファ」の音がある。
創った当時と多少メロディが変わっているのかも知れない。
そんなこんなで・・・
歌詞は、当時の生徒会執行部の「神田朋子」さんが・・・
僕のメロディに「歌詞」を乗せてくれたもの・・・
で・・・ところどころ・・・
洋楽に訳詩をあてたような雰囲気がある。
でも・・・日本音階(自爆)
このミスマッチが面白かったのか・・・
多少の方には、印象があったのかもしれない。
第10回生でレコードになり。(バンドバージョン)
・・・ボーカルは、僕ではなくアイドル路線の美声。
その後、打ち込み編曲でCDになり。
・・・ボーカルは、本校出身のオペラ歌手(^^ゞ
で・・・最近は、ある曜日の校内放送テーマになっているとか?
有難い話である。
今回の幹事は、第5回生。
彼らが3年生の時、「文化的行事」で呼ばれて・・・
唄ったその印象が強かったらしいのである。
あの時の演奏では・・・
今は亡き「見良津健雄」氏・・・
彼も雄城台出身である。
2年生では、僕と机を前後ろで並べていた。
彼と共に・・・「クロスワード」のメンバーをバックに・・・
「雄城高讃歌」を演奏・・・
盛り上げて頂いたのを記憶している。
で・・・今回の企画が実現できた。
そう言えば・・・僕の卒業アルバム(第3回生)の・・・
「雄城高讃歌」のスナップより・・・
第5回生のアルバムのスナップの方が大きい(自爆)
なんでわかるのかと言うと・・・
僕の連れ合いが「第5回生」なのである。(^^;;;
これは・・・知っている人は少ない・・・はず・・・(自爆)
200人近くの同窓生が集まっていた。
第5回生・・・恐るべしである・・・
15:00の総会から始まり・・・
「講演会」
17:00より懇親会・・・
恩師の紹介から・・・
工夫を凝らしたプログラムが続く・・・
いやはや・・・僕の出番が押しに押して・・・
ほとんど・・・最後である。
まぁ・・・経験者はわかると思うのだが・・・
この時間になると・・・
かなりみなさん・・・出来上がってきて・・・
歓談に夢中で・・・
聴いてもらえないパターンが多いのだが・・・
語りながら・・・しんみりと始めてみると・・・
会場が音を吸収していくのがわかる・・・
有難かった・・・ほんとに有難かった。
最後は・・・「校歌」の全員合唱・・・
応援団バージョン。
今夜も貴重な時間を頂いた。
ありがとうございました。
30年前に創った唄が・・・
今もなお、歌い継がれていることに感謝しつつ・・・
こうやって企画していただいた・・・
幹事の「第5回生」に、感謝申し上げます。
記憶をたどれば・・・
僕が高校3年(18歳)の時・・・
「10月祭」(今は9月祭と言う)・・・
二日連続のイベント(行事)で・・・
「体育的行事」「文化的行事」の二本柱。
要するに・・・
「体育祭」と「文化祭」を二日連続でやると言う・・・
強行スケジュールのイベント。
生徒会企画で「10月祭テーマソング」の募集・・・
毎年テーマソングを作るという企画。
見事に・・・滑りました。
誰も応募しない・・・
「スローガン」「イメージ画」って言うのは・・・
どこにでもあるんだが・・・
そこで・・・
当時の音楽科担当の辛島光義先生からの呼び出し。
「応募なしは情けない・・・おまえ創れ!(笑)」
下宿に帰って創作活動(自爆)
日曜日だったか?平日だったか?
定かではないが・・・
とにかく、徹夜で楽譜を起こして・・・
(実のところ僕は楽譜はかけない(^^;;;)
まぁ・・・形にできたことが嬉しくて・・・
きっと充血してたであろう?目をこすりながら職員室へ・・・
中央廊下で国語の某先生に声をかけられる・・・
「できたか?」
なんで?「この突貫工事」のこと知っているのか?
不可解に感じながらも・・・
妙に嬉しくて・・・楽譜を見せる・・・
「弱起の曲なんぞ作りやがって」・・・
言葉はきついのであるが・・・目は笑っていて・・・
これまた・・・妙に嬉しくて・・・
「初見できるのかな?」と思いつつ・・・
いそいそと職員室へ飛び込む・・・
その場で言われたのか?
放課後・・・言われたのか?
記憶が定かではないが・・・
歌詞は「だめだし」と言うより「没」(自爆)
「日本音階じゃん」って言われて・・・
「???」
「はい!そうです!」とか・・・なんとか・・・
わかった風で返事した気もする。(^^;;;
この楽曲は「日本音階の五音」でできている。
・・・恥ずかしながら・・・意識はまったくない。
またそれも妙に嬉しくて・・・アホ。
しかしながら・・・
最近、音を探ってみると・・・
たった一箇所、ハ長調でいるなら「ファ」の音がある。
創った当時と多少メロディが変わっているのかも知れない。
そんなこんなで・・・
歌詞は、当時の生徒会執行部の「神田朋子」さんが・・・
僕のメロディに「歌詞」を乗せてくれたもの・・・
で・・・ところどころ・・・
洋楽に訳詩をあてたような雰囲気がある。
でも・・・日本音階(自爆)
このミスマッチが面白かったのか・・・
多少の方には、印象があったのかもしれない。
第10回生でレコードになり。(バンドバージョン)
・・・ボーカルは、僕ではなくアイドル路線の美声。
その後、打ち込み編曲でCDになり。
・・・ボーカルは、本校出身のオペラ歌手(^^ゞ
で・・・最近は、ある曜日の校内放送テーマになっているとか?
有難い話である。
今回の幹事は、第5回生。
彼らが3年生の時、「文化的行事」で呼ばれて・・・
唄ったその印象が強かったらしいのである。
あの時の演奏では・・・
今は亡き「見良津健雄」氏・・・
彼も雄城台出身である。
2年生では、僕と机を前後ろで並べていた。
彼と共に・・・「クロスワード」のメンバーをバックに・・・
「雄城高讃歌」を演奏・・・
盛り上げて頂いたのを記憶している。
で・・・今回の企画が実現できた。
そう言えば・・・僕の卒業アルバム(第3回生)の・・・
「雄城高讃歌」のスナップより・・・
第5回生のアルバムのスナップの方が大きい(自爆)
なんでわかるのかと言うと・・・
僕の連れ合いが「第5回生」なのである。(^^;;;
これは・・・知っている人は少ない・・・はず・・・(自爆)
200人近くの同窓生が集まっていた。
第5回生・・・恐るべしである・・・
15:00の総会から始まり・・・
「講演会」
17:00より懇親会・・・
恩師の紹介から・・・
工夫を凝らしたプログラムが続く・・・
いやはや・・・僕の出番が押しに押して・・・
ほとんど・・・最後である。
まぁ・・・経験者はわかると思うのだが・・・
この時間になると・・・
かなりみなさん・・・出来上がってきて・・・
歓談に夢中で・・・
聴いてもらえないパターンが多いのだが・・・
語りながら・・・しんみりと始めてみると・・・
会場が音を吸収していくのがわかる・・・
有難かった・・・ほんとに有難かった。
最後は・・・「校歌」の全員合唱・・・
応援団バージョン。
今夜も貴重な時間を頂いた。
ありがとうございました。