トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

カエルの楽園 その②

2016-11-16 21:10:09 | 読書/小説

その①の続き
 ナパージュで爪はじきにされているハンドレットは、国論を支配する“進歩的カエル”たちをこう蔑む。
「“語り屋”とか、“物知り屋”とか、“評論屋”とか、“代言屋”とかいう連中だ。みんな、自分たちがどのカエルよりも賢くて、頭がいいと思っている鼻持ちならないカエルたちだ。しかし、俺から言わせれば――どいつもこいつも、“カエルのクズ”みたいな奴だ」
 これを品性も知性もない言葉と思ったソクラテスだが、ラストでの“進歩的カエル”は、まさにクズそのものの振舞いだった。ハンドレットは名前から明らかに作者自身の投影だろう。ナパージュがウシガエルに制圧された後、“進歩的カエル”による「ウシガエルの敵」リストに載ったカエルは捕えられ、ウシガエルに生きたまま丸呑みにされる。当然ハンドレットもその1人だったが、食べられる直前まで悪態をついていた。

 ナパージュ国の中心部にはお祭り広場があり、ここでは1日中歌や踊り、芝居が行われている。この祭りを取り仕切るマイクは国の人気者で、若者たちに絶大な影響力がある。マイクは聴衆に向かい、こう訴える。
これ(『三戒の教え』)はナパージュの誇りです。三戒を守ってこの国が滅んでもいいじゃありませんか。皆、ナパージュという素晴らしく美しい国があった―カエルの歴史にそんな風に記されることは、光栄なことではないですか

 名は忘れたが、何年も前の民放で経済評論家の森永卓郎は同じ台詞を言っていた。三戒とは、「1.カエルを信じろ 2.カエルと争うな 3.争うための力を持つな」の3条である。これが憲法何条になぞらえているのか、書くまでもない。
 マイクのモデルはまず森永だろうが、ウシガエルの侵攻後、マイクの願望的解釈は見事に外れる。“語り屋”たちは侵略者をほめそやす話を作り、“物知り屋”はナパージュの歴史をウシガエルが命じる様に変えた。それにより、かつてのナパージュは「悪魔の国」であったと記された。

 このようなことはフィクションではなく、歴史とは勝者の記録であり、敗者側は徹底した悪として描かれるのだ。聖書はその典型で、カナン人への記述はあらゆる悪罵と呪詛に満ちている。カナンは「約束の地」として、神からイスラエルの民に与えられたとされているが、事実上の軍事侵攻と原住民虐殺で奪い取っている。
 カナン人の信仰していたバアル神は後に悪魔の化身とされたが、皮肉なことにバアル信仰では神を王、主と言い、生贄の祭儀を行うなど、ユダヤ教との共通点が多いのだ。イスラエル侵攻時のカナンの方がずっと文化水準が高く、要するにユダヤはカナン文明の影響を受けているということ。
ものみの塔」サイトには、「カナン人との戦いを神が命じたのはなぜですか」という記事があり、「カナン人の滅びに関する記述は、希望も与えます」とまであった!聖書を絶対視するクリスチャンの本性が知れよう。

 コーランメッカの指導者や軍は悪しざまに記述され、堕落した偶像崇拝者とされており、釈迦に背いたとされるデーヴァダッタは仏典では極悪非道の敵役だ。しかし、7世紀に訪印した玄奘三蔵の記録には、デーヴァダッタ派の教団が未だに存在していたことが載っている。デーヴァダッタ派は反主流派だったらしく、そのため“正統派”から極悪人扱いされたのだろう。
 何時の時代も勝者による歴史の書き換えは当り前だし、敗れ滅び去った側が、素晴らしく美しい国だったと記されることは絶対にありえない。それが歴史の現実であり真理なのだ。東大卒の森永がこれを知らないとは解せず、或いは知らないフリをしているのか?

 ナパージュでは毎日のように『謝りソング』が歌われ、デイブレイクのような“進歩的カエル”は、毎度この歌の合唱を呼びかけている。次はその歌詞。
我々は、生まれながらに罪深きカエル/すべての罪は、我らにあり/さあ、今こそみんなで謝ろう

 村上春樹より3歳年下ながら、ノーベル文学賞を取ったトルコ人作家オルハン・パムクは、政府はアルメニア人虐殺を認めるべきだ、と発言したことがある。だが、謝罪せよとまでは言っていない。パムクの小説『僕の違和感』の主人公はこんな独白をしているのだ。「世界はトルコの敵なんだ」
 主人公は決して極右ではなく、アレヴィー派クルド人の親友もいる。パムクがノーベル賞を受賞(2006年)する以前の作品『黒い本』(1990年)にも、「我々トルコ人は全世界を敵に回していることも忘れるな」という台詞があった。リベラル派のトルコ人でも国際社会への不信感が強く、『三戒の教え』を受け入れる能天気な知識人はいない。
その③に続く

◆関連記事: 「僕の違和感
 「復讐は百年後でも遅くはない

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ   にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (motton)
2016-11-17 16:49:38
この小説(?)の目的は何なのでしょうか。
非常に分かりやすい例えを使って煽動するようなプロパガンダ的な小説について逆説的に警鐘を鳴らしているのでしょうか。

それにしても、日本人について誤解しすぎでしょう。

日本人は、確かに朝鮮や中国に負い目を感じていました。しかし、北朝鮮の悪事を知った日本人はそんなものは気にしなくなりました。中国についてもしかり。韓国もそういう過程にあります。

なぜなら、戦後に受け入れたアメリカの価値観、WWII で悪の帝国(日独)の本国に侵攻して悪の根を絶ったというアメリカの価値観があるからです。
これをサヨクは否定できません。サヨクの価値観でも相手が悪なら戦って滅ぼしていいのです。
(もちろん「桃太郎」のように日本古来の価値観にも合致するので、ウヨクも否定しません。左右の対立は、戦前日本=絶対悪、という部分なのです。)
だから、子供向けの特撮やアニメやマンガでも最終回では敵の本拠地に乗り込んで敵を滅ぼします(基本、皆殺し)。子供たちは、そのための格好いい兵器が大好きですなのです。

また、日本人は極めてリアリストです。だから、憲法がどうあれ自衛隊と安保は維持しました。核兵器だって、必要な潜水艦・ロケット・原子力の技術を保持しています。(NPTに加入していないインドとも組みました。)

確かに日本人は「平和ボケ」はしています。軍事についての常識(鉄道は戦略兵器だとか)が無くなっています。
しかし、悪に対し戦わずして降り奴隷の平和を求めるような「平和ボケ」はしていません。大陸とは違う日本とアメリカの価値観がそれを許しません。

百田尚樹のような煽動的なウヨクが極めてバカなのは、「日本人が平和ボケしている」と敵国が信じることは敵国の侵略を招く可能性が高い、すなわち「日本人が平和ボケしている」と言い触らすことは抑止力を低下させているということを理解できないことです。
むしろ、逆に、日本人は"戦前と同じ"恐ろしい人間だと敵国が信じる方が侵略されないわけです。
(だから、"南京大虐殺"や"従軍慰安婦"を持ち出されても、積極的に否定するのではなく、同じことをお前らも(今でも)やっていると言い返す方ががいい。)
返信する
motton さんへ (mugi)
2016-11-18 21:38:37
 百田氏がこの作品を書いた意図は不明ですが、今の時世に受けるネタなのは確かでしょう。当然サヨクからは、安易な改憲扇動小説と揶揄されているようです。メディアはこの作品への書評を載せず、盛んなのはネットだけという有様。

 貴方は以前にも、「安全保障に関しては、日本人は(本人は気づいていないけれども)冷酷なまでに計算高いのではないかと思います」とコメントされていましたね。今回も「日本人は極めてリアリスト」と言っている。私はいささか疑問ですが、日本人は原理原則を貫徹するよりも、融通無碍に妥協する傾向があります。これもある意味リアリストでしょう。
 河北新報にはNPTに加入していないインドと組んだことを、唯一の被爆国として憂いる記事がありました。サヨクのお題目の典型ですが、これもメシを食うためのリアリズムです。

>>「日本人が平和ボケしている」と言い触らすことは抑止力を低下させている
>>むしろ、逆に、日本人は"戦前と同じ"恐ろしい人間だと敵国が信じる方が侵略されない

 仰る通りです。実態は張り子でもトラと思わせておく方がいい。世界各国が軍事パレードを行うのも、自国にはこれほど戦力があるという、仮想敵国や隣国へのデモンストレーションなのです。また、国内の不平分子への抑止力にもなります。
返信する
動物牧場 (室長)
2016-11-22 15:24:14
こんにちは、
 恐らく百田氏は、英国のGeorge Owellの小説Animal Farm(1945年)を真似て、日本国内に蔓延る左派系言論人を非難していると思う。
 AFは、ロシア革命とStalin体制を風刺して、共産主義の欠点を暴露して見せた作品です。

 百田氏は、「カエルの楽園」で、お花畑の左翼系「文化人」らの、いい加減すぎる国際情勢への無知、外交、国防感覚の欠如を嘆いているのでしょう。百田氏の心情は熱血愛国・・・ですから、バカ者どもを懲らしめるために、国民の覚醒を促すために書いていると考えるべきでしょう。
返信する
Re:動物牧場 (mugi)
2016-11-22 21:30:07
>こんばんは、室長さん。

 George OwellのAnimal Farm は未読ですが、1984も有名ですよね。私は未だにどちらも見ておりませんが。

 英国の知識人層にも左派系言論人は多く、彼らの方が主流かもしれませんね。キム・フィルビーが典型ですが、共産主義に入れ込み、祖国を裏切って旧ソ連に亡命したインテリスパイです。

 幸いにしてネットのお蔭で、左翼系「文化人」らの異常性が徐々に知られるようになりました。新聞に寄稿する大学教授には知的水準が疑われる類もいて、そのくせ彼らは河北新報でも「識者」扱い。そんな輩が大学で教鞭をとっていることは、本当に憂鬱になります。
http://www.bllackz.com/?m=c&c=20161121T1859100900
返信する