テルモピュライの戦いを描いた前作『300 <スリーハンドレッド〉』続編。前作と同じく史実無視のトンでも史劇になるのは予測できたし、今回も予想した通りのストーリーになっていた。それでも映画館に行ったのは、古代の名高いマラトンの戦いやサラミスの海戦が見られるからだ。最近の映画らしくCGフル活用だが、殊に後者の戦は映画館ならではの迫力があった。史劇よりもエンターテイメントとして楽しめる作品だろう。
冒頭ではテルモピュライの戦いで玉砕したスパルタ軍の累々たる屍が映る。中央には当然レオニダス王の死体があり、これを見たペルシア王クセルクセス1世自らがレオニダスの首を刎ねる。これだけで唖然となったが、これは脚色の幕開けに過ぎず、マラトンの戦いでアテナイの将テミストクレスがダレイオス1世を弓で射て、矢傷が元でダレイオスが死ぬシーンまである!当時の超大国ペルシアの王自らが参戦することなど有り得ないのに、早々にハリウッド式脚色が全開だった。
クセルクセスの裸体同然の姿も前作と同じだが、これは酷すぎる。今回は彼が“神王”となった経緯も描かれており、ペルシアは現人神を崇める野蛮国という設定にされている。だが古代は何処も王政が殆どであり、神権政治こそ普遍的だった。ギリシア神話に登場する王や英雄は、神々の子孫若しくは両親のどちらかが神という人物ばかり。
今回の主役はテミストクレス。血の気の多いレオニダス王と対照的に冷静沈着なアテナイの将軍であり、政治家でもある。前作でスパルタ軍が赤いマントを羽織っていたのに対し、青いマントをまとっているのがギリシア連合軍。
そして敵役はクセルクセスよりもペルシア海軍の女司令官アルテミシア。女が大艦隊の司令官になれるのか?と思った人が多いだろうが、アルテミシアは実在の人物なのだ。もちろん映画では完全な創作キャラであり、ギリシアへの復讐に燃える冷酷非情な悪女にされている。女の武器も使いテミストクレスを誘惑、艦の中で派手な性交渉があるのは観客へのサービスか。アルテミシア役はエヴァ・グリーン(007 カジノ・ロワイヤルのボンドガール)、中々の好演だった。
実際のアルテミシアはハリカルナッソス(現ボドルム、トルコ)の女王で、血筋こそギリシア系だがペルシアの属国の女支配者であり、『海賊物語』というサイトには彼女のことも載っている。同じハリカルナッソス生まれのヘロドトスの『歴史』にも登場する女戦士で、最古の女海賊だという。アルテミシアは近隣の島々も支配、海賊行為で名を挙げた女王だった。
サラミスの海戦に参戦したのは事実だが、総司令官どころか5隻の船を率いて従軍したのが実態。クセルクセスに戦を煽っていた映画とは正反対にアルテミシアは、ギリシアの海軍力は侮れないという理由でサラミスの海戦に反対していたという。そんな彼女の意見は他の海軍提督らにより阻まれた。
退却が難しいのが負け戦であり、まして海の戦いでは尚更だが、日頃の海賊の実績がモノをいい、アルテミシアは無事に逃げ切ることが出来た。サラミス開戦時、既に彼女には成人した息子がいて、わざわざ戦場に出る必要はなかったそうで、後の研究者達はこれも彼女の生来の豪気さから来るものであろうと分析していることが『海賊物語』に載っている。それもあろうが、大切な跡継ぎである息子を従軍させなくなかった?と私は憶測してしまった。
紀元前の男絶対優位の時代、アルテミシアのような女傑がいたのは面白い。アケメネス朝ペルシアの開祖キュロス大王もマッサゲタイ族の女王トミュリスに敗れている。
ラストで亡きレオニダス王の妻で、スパルタ女王ゴルゴーまでが甲冑姿で参戦していたのは驚いた。彼女はこの作品の語り部でもあり、アルテミシアはテミストクレスの手で討ち取られる。
スリーハンドレッドでは描かれなかったが、その後のテミストクレスの生涯は興味深い。この作品ではクリーンな政治家になっているが、実は「賄賂をも厭わない天才的な策略家であった」(wiki)とか。戦勝で彼はさらに尊大になり、ついに陶片追放の憂き目に遭い亡命、ギリシア各地を流転する。最終的に流れ着いたのがペルシア。かの地では優遇されるも、「ペルシア王からアテナイ遠征のための艦隊を率いるよう命じられたが、祖国に弓を引くのを良しとせず毒を飲んで自殺した」(同)。
今年7月末頃には第二次ウィーン包囲(1683年)を描いた史劇、『神聖ローマ、運命の日 オスマン帝国の進撃』が公開されるという。ペルシア戦争をテーマとしたこの作品といい、何故このような史劇が今、制作されるのだろう?欧米の映画人には東洋との戦史は創作意欲を刺激されられるテーマなのか。
◆関連記事:「300」
「ギリシアとペルシア」
「ギリシアの女、ペルシアの女」
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アジア、中東に対する偏見に満ちた、荒唐無稽の映画をハリウッドが仕込んでいるのは、中東のイラク情勢とか、中国の南シナ海での乱暴な台頭ぶりを念頭に置いたものかもしれませんね。
ハリウッドは、次の戦争に向けてのムードづくりに貢献することが多いように思うので。
何しろ、ユダヤ系が牛耳っているのがハリウッドですから、次の戦争につき見据えている可能性があります。
ハリウッドは元からアジア、中東への偏見に満ちた、荒唐無稽な映画を制作する傾向がありますし、記事にした映画は酷いものでした。前作にイラン政府は、イラン人の先祖であるペルシア人を激しく冒涜しているとして非難しました。しかし、制作者側は全く取り合わず、「この映画は単にイラン人とスパルタ人の戦争物語を、史実と異なる形で語っているもので、歴史を正確に伝えるものではない」と居直りました。
ただし、中華マネーがハリウッドにも流れ込んでおり、中国に対してはそれほど酷い描かれ方はしていない。『レッド・ドーン』という、北朝鮮が米全土を制圧する戦争映画(2012年作品)があります。しかし当初の悪役は中国であり、北朝鮮に変更、修正されたのです。