トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

砂漠の反乱 その三

2014-01-26 21:10:05 | 読書/ノンフィクション

その一その二の続き
 女日照りのため同性間で情欲を満たしたにせよ、それが合意に基づいての行為ならやむを得ないし、稀に出くわす集落で民間人の女に暴行を働くよりマシだと思う。しかし、それが無理強いならば問題だし、士気にも影響してくるのではないか?『知恵の七柱』でロレンスは旧オスマン帝国軍には、このような性的虐待が横行していたことを書いている。しかも被害者は非トルコ人ではなく、トルコ人なのだ。徴兵された小作農民階級の兵士たちが犠牲となっており、『七柱』では次のように書かれている。

このような男たちは、見栄っ張りで陰険なレヴァント人将校の当然の犠牲となり、死に追いやられるか、物の数でもなく無視され捨て置かれる。それどころか、彼らが隊長どもの忌まわしい情欲の物切り台にされているだけなのを目にすることがある。彼らはトルコ兵を極めて安っぽく扱っていて、関係する時でも通常の衛生上の予防策は何も採らない。トルコ人捕虜の一定数に健康診断を行うと、半数近くが不自然な疾病に罹っていた。梅毒やその種のものは地方では理解されていないため、徴集されれば6、7年の兵役に服さねばならない大隊の中で感染が人から人へと広がる。
 やがて兵役が終わると、生き残った者はいい家庭の出身者なら帰郷を恥じていつの間にか憲兵隊勤務とか、敗残者となって町の日雇い労働とかに追い込まれていく。こうして出生率は低下する。アナトリアのトルコ民族は軍隊のために死滅しつつあった(108頁)。

 映画『アラビアのロレンス』にはロレンス自身がダルアー(現シリア)に駐留するトルコ軍政官の餌食になるシーンがあり、『七柱』にはそれが詳細に描かれている。彼自身が受けたという惨い鞭打ちが長々載っており、最も胸糞が悪くなる箇所のひとつでもある。
 ただ、ロレンスが受けた性的虐待には疑問を挟む研究者も少なくなく、彼の創作だという人までいる。私も初めて映画を観た時、あのような軍政官ならクビにならないのか、と不思議に思ったものだった。

 そして『知恵の七柱』はトルコ人への歪んだイメージを広めた書でもあり、必ずしも鵜呑みには出来ない。ロレンスはトルコ人を一貫して罵倒しており、その一部を引用する。
体力の源泉が愚直と根気と、そして犠牲を耐え忍ぶ能力にある、この幼児のような民族」「西アジアの諸民族の中で彼らは最も動きが鈍く、政治と生活に関わる様々な新しい学問に適応するには最も不向きで、自分で新しい技術を見つけるには尚更そうであった」(106頁)

 多民族、多宗教国家であったオスマン帝国は、出自を問わず運と才能でトップに上り詰めた者は多かった。一部を除き一般トルコ人も被抑圧民族だったし、非トルコ人の上官から虐待を受けることは少なくなかったと思う。
 しかし、それならば同時代の大英帝国はどうだったのか?と言いたくなる。英国人将校はインド兵を極めて安っぽく扱っていたのは確かだし、今でもホモの多いことで知られる国だ。仮に有色人種の兵士と関係する時でも、通常の衛生上の予防策は殆ど採らなかったのではないか?同じ英国人兵士やアイルランド人にも、“セクハラ”が行われていたことは大いに考えられる。

 現代の軍隊でも、この手の“セクハラ”が皆無とは言い切れないだろう。どの国の軍隊も上官の命には絶対服従が原則であり、閉鎖的な組織では“セクハラ”が発生しやすい。韓国軍での性的暴行問題をネットニュースで見たことがあるが、「アメリカ軍女性兵士のレイプ事件が多発!」という記事もあった。やはり軍隊に女を入れると、トラブルが多発する。
 この類の不祥事は当然軍の名誉に関わるため、発覚しても多くは隠蔽されるのではないか?他国の軍隊の不祥事となればここぞとばかり糾弾、悪評を広めるのは政治的プロパガンダの手段でもあるが。
その四に続く

◆関連記事:「オスマン帝国末期の中東

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ   にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
トルキスタンの場合は・・・ (巨大虎猫)
2014-01-26 22:31:14
旧ドイツ軍のトルキスタン人義勇部隊では、ホモ行為が発覚した場合は、軍事法廷を経ずに当事者たちはその以外の兵員たち全員に棒で殴られたそうです。(もちろん絶命するまで続く。)異性間の情交は石打の刑、同性間の情交は棒叩きの刑、という当時の中央アジアの掟に基づいた私刑ですが、この根拠がコーランやハディスのどこにあるのか私は知りません。
欧米の植民地主義者たちの書物は、「このように野蛮なオリエントを西洋文明化してやったのだ!」という観点で書かれている場合が多いので、割り引いて考察した方がよいと思います。
返信する
RE:トルキスタンの場合は・・・ (mugi)
2014-01-27 22:07:47
>巨大虎猫さん、

 トルキスタン人義勇部隊での懲罰のことは初めて知りました。教えて頂きありがとうございます!トルキスタンではアナトリアのオスマン帝国より厳格と聞いていましたが、実に厳しいですね。現代でもイスラム圏では男女の不倫は石打刑、同性間も死刑対象になる地域が一部あります。トルコ共和国さえ、ホモは家族により「名誉の殺人」にされることもあるとか。

 コーランの第11フード章にはルート(ロト)のエピソードが描かれています。もちろん旧約聖書のパクリですが、どうもアラブにもホモ行為を好む部族があったようです。

 仰る通り、欧米の植民地主義者たちの書物は完全な欧米優位思想丸出しで、ロレンスの書も例外ではありません。近代までは同性愛に寛容だったのはイスラム世界だったし、対照的に非寛容だったのがキリスト教圏でした。トルコでもイランでも美少年を愛でる習慣があったし、wikiの「イスラーム世界の性文化」に解説が載っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%96%87%E5%8C%96
返信する