その一の続き
ラーマーヤナも含めインドの叙事詩には因果応酬や呪いの話がよく出てくる。ラーマの父ダシャラタ王は、我が子を王位につけたい第二王妃カイケーイーにそそのかされ、最愛の息子ラーマを国から追放するが、それも若い頃の過ちによる因果応酬と呪いだった。
森で狩りをしていたダシャラタは獣と間違え貧しい若者を射殺したことがある。若者には老いた盲目の両親がいて、その世話をしていたのだ。若者の亡骸を両親の元に届けたダシャラタだが、嘆いた父は神の名によって呪いをかける。
「お前も何時かは、自分のしたとおりのことを仕返しされるだろう。お前もきっと自分の息子を失い、そのため苦しんで死ぬことになるのだ!」
老人の呪い通り、ラーマを追放したダシャラタは嘆き悲しんで死んだ。ラーマ自身、恐ろしい呪いをかけられている。友軍の猿王スグリーバが助けを求めたにせよ、ラーマは木陰からスグリーバの兄で敵でもあるバリに「雷の刃」といわれる投槍を投げつけて倒す。これを見たバリの妻ターラーは影から投槍を投げつけたことは卑怯なだまし討ちと非難、人間としての恥を知れと言った後、ラーマに呪いをかける。
「私は貴方に呪いをかけます。心を傷付けられた女の呪いをかけます。傷付いた女の心がかけた呪いは、決して消えることはないでしょう。貴方はお妃を取り戻すことができても、もうシーターを喜ばせることは出来ません」
ラーマは猿族と協力し、激闘のすえ羅刹(らせつ)軍を破り、シーターを誘拐した羅刹王ラーヴァナを殺し最愛の妃を取り戻す。しかし、その後はターラーの呪い通りになっていく。この新書の下巻に「シータの身のあかし」という章があり、敵に捕らわれていた間、貞操を疑われたシーターが「火の試練」を受けることが描かれている。山と積まれた薪に火をつけ、燃え立つ炎の中をシーターが歩むのだ。心身ともに潔白ならば、「火の試練」でも無事に通り越せるという儀式。この物語でシーターが火傷ひとつ負わなかったのは書くまでもない。
興味深いことに「火の試練」はインド特有の習慣ではなく、イスラム化する以前の古代イランでも見られ、不義を疑われた女が火の中をくぐる話もあるし、15世紀イタリアの修道士サヴォナローラもこの試練を要求されている(※実行はされず)。
晴れて潔白が証明されたシーターを伴い、ラーマは祖国アヨーディヤーに凱旋したところで新書は終わっている。しかし、その続きはまさに妃を喜ばせないものだった。アヨーディヤーの中には妃の貞操を疑う者がおり、苦悩しながらもラーマはシーターを王宮から追放する。wikiにもこう解説されている。
―後にラーマはシーターに対して、シーター自身の貞潔の証明を申し入れた。シーターは大地に向かって訴え、貞潔ならば大地が自分を受け入れるよう願った。すると大地が割れて女神グラニーが現れ、 シーターの貞潔を認め、シーターは大地の中に消えていった。ラーマは嘆き悲しんだが、その後、妃を迎えることなく世を去った。
子供向けに書き直したラーマーヤナなので、著者はこの悲しい顛末は触れなかったのだろう。また新書には書かれていなかったが、ラーヴァナが美貌のシーターを凌辱しなかったのは、手を出そうとすると彼女の全身から棘が生えてきたため断念したということになっている。これも叙事詩的粉飾ではないか。ラーマがシーター以外に妃を持たなかったのは、父の好色で母が苦しんだことへの反動だったという。
死にゆくラーヴァナに対するラーマの態度も武人に対する礼を尽くしたものだった。「敗れた敵に許しを請うのが王者としての習わし」という言葉もあり、これまた叙事詩的装飾なのか?現代人には到底信じられない習わしだろう。
あとがきで著者はこうも述べている。
―私たち日本人が、これまで「東洋的(オリエンタル)」という時の考え方は、「中国的」ということを元にしていますが、アジアはもっと古く広いのです。インドの文化もこの「東洋的」という考え方にいれないことは、本当のアジアを考えたことにはなりません。してみると、これまで「東洋的」という考え方は、ここらで変えなければならない時代がきたように思われます…
21世紀でもこれまでの「東洋的」という考え方は変わらないと私は思う。インド人作家アショーク・バーンカルは現代版ラーマーヤナを書いており、日本でも邦訳が出ている。だがベストセラーになった英国と違い6巻目で止まっていることから、やはりラーマーヤナは日本では不人気なようだ。
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