『君戀しやと、呟けど。。。』

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『泥』2~現在1/ painシリーズ

2018-02-08 15:16:08 | ショートショート

「パパ。ママと本当に離婚するの?」

 山科冴子の投げたその問いに、父は困ったなという顔の苦笑いを見せる。
 決して、そうだと言われたわけじゃない。でも冴子には分かってしまった。本当に離婚するんだね。
「離婚したら、どちらが出ていくの? 私はどうなるの? いつ、するの?」
 気づけば、立て続けに質問を浴びせてしまった。

いつか聞かれると思っていたのだろうか。
 冴子の質問攻めが一段落すると、父はひとつずつ言葉を区切るように話してくれた。
 いつ、はタイミング。要するに切っ掛けががあれば、即離婚ということらしい。
 出ていくのは、母らしい。ただ、まだ返事はもらっていないと言う。
 それはそうだろう。家を出るなんて、あの人が出ていくなんて想像できない。
 そして、冴子のことは最後になった。
「冴子は、好きにしたらいい。どちらについても、独立しても。君の自由だよ」

 言葉は優しかった。
 でも、その内容はかなり厳しい。
「私は、もう鎹にはならないということね」
 悪いが、とだけ言って、高校生なら分かるだろうという言葉を飲み込んだようだ。

 母の昔のイジメを、父は知らなかった。
 でも、やっていそうだなと言う。そして何より問題なのは、自分では悪いことだと思っていないことだとも。
 自分の気持ちに正直なだけ、という訳の分からない理屈を言い放つ。
 結婚した当初はそういう性格を治せと喧嘩したこともあったが、もうこれは一生治らないと思ったら離れるしかなかった、と。
「しかし冴子がまだ小さかった。家庭内別居の始まりは、寝室に鍵をつけられて入れなかった夜からだ。

 親という存在が冴子の中で壊れていく。
 今まで親というのは一緒にいて当たり前で、離婚するって言ってても結局は一緒にいるのだと思っていた。
 育ててもらっているという感覚もなかった。
 特に可愛がってもらっているとは感じなかったけれど、こんなものなんだろうと思っていた。

「ママにとって私って何なんだろうね」
「冴子には酷なことを言う。お気に入りのアイテムだなと、会社の人間に言われたことがあるよ」
 父の声は優しかった。何でもブランド物のバッグやアクセサリーを持って、娘を連れて歩くのが流行りだったらしい。
「でも小学校に上がると、今度は冴子に兄弟が欲しいと言い出してな。何でもアイドルを目指す男の子が希望だと」
 もう馬鹿馬鹿しくて聞くのも嫌になってきた。
「パパも、そのアイテムに選ばれた一人だったよ」
 冴子の表情に何かを感じたのだろうか。
 今度は、連れ歩くアイテムとして選ばれたのは父の方が先だったと話し始めた。
 見せかけに騙されたな、と言った父は本当に哀れに見えた。でも、と一言。
「おじいちゃんは本当にいい人だったよ」
 うん。分かる。
 もう死んじゃったけれど、おばあちゃんよりもおじいちゃんの方が好きだった。

「ところで」
 と今度は父が尋ねてきた。
 母のイジメを何故冴子が知っているのかを。
 冴子は残しておいた告発状と、切っていたスマホの電源を入れて出した。
 驚く父の顔は、次第に怒りに燃えていくようだった。
「これで登校拒否になったのか」
 その問いには違うと答えた。
「クラスのみんなに、だいたい同じものが届いていたの。それでPTAでママが発言したこととか、言える立場にないとか、同じ教室にいたくないとか。昔、ママがしてたのと同じことをされているんじゃないかな」
 そんなことが続いて一日行かなかったら、行けなくなった。

 父は立ち上がると、黙って抱きしめてくれた。
「転校しよう。まだ二年生だ。誰も知らないところで勉強したらいい」
 そして、パパと一緒に家を出るかと聞いてきた。
「え? でも家を出るのはママの方じゃ」
「そんな噂のある所にパパが住みたくないよ。小さなアパートになっちゃうかもしれないけれどな」

 冴子は、やっと楽に息ができると思った。
 そう思って、気を張っていたんだと気付いた。
 父は階下に下りて、母に話をすることになった。その足で出て行くため、冴子は荷物を作れと言われ、どんな話し合いになっているのかは知らないが、スーツケースに当面必要なものだけを詰めている。
 父と話すなんて殆んどなかったから、すごく緊張したけれど良かった。
 とりあえず今夜はホテル泊まりらしいが、もう嫌な思いをしないためにスマホは解約することにした。

 一人くらいいるかなと思った友だちもいなかった。
 登校しなくなった冴子に心配するメールやLINEを送ってくれる友だちなど皆無だったのだから。
 荷造りが終わってしまうとすることがない。
 結構、時間かかるんだな。出て行くって言って終わりなのかと思ってた。

 扉を開けて下の様子を覗く。
 あれ、どこにいるんだろう。リビングに姿が見えない。
 音を立てないように冴子も下りる。
「パパ?」
 声は寝室から聞こえた。
 自宅ではあるが、入ったことのない部屋になる。
 ここでいきなり修羅場は嫌だ。部屋に戻ろうと踵を返した時、聞こえてきた。
『あの子、気味が悪いのよ』
 あの子って、誰……
 父の声は聞こえない。

 ドアの前に戻ると、思わず聞き耳を立てていた。
 でも、やっぱり聞こえない。さっきは余程、大きな声だったのだと分かる。
「何考えてるか分からないし、学校行かなくて私の顔に泥を塗るし、いない方がせいせいする」

 あの子って、やっぱり冴子のことだった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 
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