カテゴリー;ニコタ創作
幾星霜。
桜の樹に宿り、人を見送る。
我、桜が精霊にあり。
✿
春。早い桜が花を咲かせている。
今は五分咲きといったところか。
その桜の一本。
二歳くらいの女の子と小学生くらいの男の子が眠っている。
毎朝、この公園を抜けて散歩をしている中西は思わず二人に声をかけた。
「こんなところで寝ていたら風邪をひくよ。ご両親が心配しているだろうから、お家に帰りなさい」
そう話していると、背後から声がする。
「中川さん、やめておきなさい。不審者に間違われて通報されますよ」
散歩仲間の女性で山際さんだった。町内こそ違うが近くに住んでいるので、毎朝声を掛け合う間柄になっている。
不審者……。
それは困る。家族に迷惑をかけることはできない。定年退職しているとはいえ、まだ非常勤で勤めてもいる。
ちゃんと帰るんだよ、と最後にもう一度声をかけたが、二人は眠ったままだ。
中川と山際がその場を去り、時刻が進むと通勤通学の人たちが増え、公園に入ってくる者はいなくなった。
午前十時過ぎ。
朝の用事を済ませた若い女性がベビーカーを押しながら、女の子の手を引いて公園に入ってきた。
やっぱり‼︎
桜が綺麗に咲いている。
「ここでお花見しましょうね」
母親がそう声をかけると、女の子は彼女の手を振り解き駆けてきた。
「ママ、知らない子が寝てるよ」
中西真奈美もその二人には気付いていた。
こんなところで寝てるなんて、親は心配していないのだろうか。それとも早くに来て寝てしまったのだろうか。
彼女はベビーカーを押しながら近づいた。
そして声をかけようとして……。
「さきちゃん、ちょっとこっちに来て」
咲美は真奈美のもとに駆けて行った。
「もう少し先の公園にもたくさん桜があったと思うの。そっちにも行ってみようか」
「うん‼︎」
二人はこの公園を出て、また歩き出す。
暫く行ったところで自販機があった。ジュースを買ってその場で飲み始めた娘を見ながら、真奈美は110番をコールする。
「子供が二人、公園で倒れています!」
真奈美は公園名だけを告げ電話を切った。
駆け付けた警官によって救急車が呼ばれたが、二人が乗ることはなかった。
それはすでにコト切れていたから。
幼気な子どもの遺体、警官は報告の為に上司に連絡を入れる。
死因は⁈
分からない。
鑑識が来て、いつもは閑静な住宅街が騒然となった。
何処の子だ。
近所に聞き込みをしても誰も知らない。
大体、男の子は小学生だろう。近隣の学校に名簿がないとはどういうことだ。
何処からか連れてこられたのか、それとも自ら移動してきたというのか。
春とはいえ、随分薄い服を着て、まだ朝晩は冷えるというのに上着すら着ていない。
男の子は妹に見える女の子を守るように抱きしめ手を繋ぎ、女の子の掌には何かの包み紙だろうか。ぼろぼろになった白い紙があった。春一番が吹き荒れたあと、冷えこんだ一夜の出来事だった。
やがて二人が運び出されると、数日で立ち入り禁止は解除される。
暫くは大人達の出入りが続いたが、何処の誰かも分からない遺体に時間と人はかけられない。捜査は打ち切られた――。
✿
我は精霊。
それまで居た樹の寿命に伴い、棲み替えた。
これまでも多くの命が桜を求めてやってきた。しかし、この二人は違う。
綺麗な花の下で、空腹を紛らわせ母親を待つだけの心算であった。ただ母親は来ない。
捨てられたことも知らずただ待っている、無戸籍児の成れの果てだ。
すでに何日も食べ物を口にしておらず、この樹の下に来ることで力を使い果たしてしまった。
我は何もできない。
今は安らかな死を弔う祈りを捧げよう――。
【了】
著作:紫草
NicottoTown サークル「自作小説倶楽部」より 2022年3月分小題【春一番】
*精霊シリーズになります。
HP「孤悲物語り」 1作~5作は、こちらの連作ショート・リストからどうぞ。
イラスト提供
by 狼皮のスイーツマンさん
ただそう言いたくなっただけ。