紗都の言葉は本当だった。
夜十時を過ぎても、誰も彼女を捜そうとはしなかった。
櫻木の部屋は広い。
だからこそ子供の頃から、みんなのたまり場となっていた。
洸は、久し振りにこの部屋に入った。
「変わらないな」
その言葉に櫻木が一瞬、言葉を失った。
後から聞いた話だったが、洸の家の事情を知った友だちの一人が、洸が近くにいると櫻木の名に傷がつくからと、もう来るなと言ったのだという。
洸は、そのことには何も触れず引越しを機会に来なくなった。
櫻木はその時、洸を責めた。
それから学校以外で会うことはなくなったのだ。
すっかり忘れてた。
さっきの言葉があまりに自然だったから、高一の夏以来だということに気付かなかった。
そんな櫻木と洸の間にあるものを、古都は敏感に感じ取ったようだった。
フローリングに敷いてある大きな円形のマットを適当に動かして、隣の部屋から運んできた机を置いた。
「はい。櫻木先輩はコップを取ってきて下さい。紗都さんは、私の物でよかったら着替えて」
サイズを知らなかったので、フリーサイズの長袖Tシャツとジーンズを差し出した。彼女は受け取り、着替えるという。
「じゃ洸先輩も、櫻木先輩を手伝ってきて下さい」
黙って出てゆく洸を見て、紗都が笑う。
ん!?
「古都先輩って、イメージと違う人でした。何だか、親しみもてそうです」
そ。古都は、彼女に背を向けて小さく、それは良かったと呟いた。
暫くして櫻木が戻ってくると、古都が言う。
「先輩。私のこと、どんな鬼婆って言ったんですか」
食って掛かる古都を見て、洸の方が先に笑い出した。
気の置けない人の集まり。
紗都は、そんな風に三人を表現した。
「これで分かった? 古都は俺のこと、男だって思ってないんだ」
ほんとですね、と言って更に紗都が笑う。
「私が何!?」
部屋の隅にいてまりんにお弁当を食べさせていた古都は、声だけで聞く。
「俺を見事に振った女って話」
やめてよ、と言葉だけは言うものの、顔は変わらずまりんに向いたままだった――。
夜もすっかり更けた。
まりんは櫻木のベッドで熟睡している。
さて、と徐に紗都が立ち上がった。
「どうした?」
そう声をかけた櫻木に向かい、彼女は笑った。
「ほんとに誘拐にするつもりですか!?」
「そのつもりだけど」
この返事には、流石の紗都も驚いている。
「この時間になっても、お前の携帯は鳴らない。そんな家族は必要じゃない」
泣くつもりはなかったのだろう。
でも紗都は泣き出した。涙の筋だけが、やけに悲しく見えた。
「家族は…」
「無理して話すことはない」
洸の言葉が、紗都の言葉を遮る。
「大丈夫。先輩たちには聞いてもらいたい」
「何でも言えよ。今夜は宴会だ。ここで聞いたことは門外不出だ」
To be continued
夜十時を過ぎても、誰も彼女を捜そうとはしなかった。
櫻木の部屋は広い。
だからこそ子供の頃から、みんなのたまり場となっていた。
洸は、久し振りにこの部屋に入った。
「変わらないな」
その言葉に櫻木が一瞬、言葉を失った。
後から聞いた話だったが、洸の家の事情を知った友だちの一人が、洸が近くにいると櫻木の名に傷がつくからと、もう来るなと言ったのだという。
洸は、そのことには何も触れず引越しを機会に来なくなった。
櫻木はその時、洸を責めた。
それから学校以外で会うことはなくなったのだ。
すっかり忘れてた。
さっきの言葉があまりに自然だったから、高一の夏以来だということに気付かなかった。
そんな櫻木と洸の間にあるものを、古都は敏感に感じ取ったようだった。
フローリングに敷いてある大きな円形のマットを適当に動かして、隣の部屋から運んできた机を置いた。
「はい。櫻木先輩はコップを取ってきて下さい。紗都さんは、私の物でよかったら着替えて」
サイズを知らなかったので、フリーサイズの長袖Tシャツとジーンズを差し出した。彼女は受け取り、着替えるという。
「じゃ洸先輩も、櫻木先輩を手伝ってきて下さい」
黙って出てゆく洸を見て、紗都が笑う。
ん!?
「古都先輩って、イメージと違う人でした。何だか、親しみもてそうです」
そ。古都は、彼女に背を向けて小さく、それは良かったと呟いた。
暫くして櫻木が戻ってくると、古都が言う。
「先輩。私のこと、どんな鬼婆って言ったんですか」
食って掛かる古都を見て、洸の方が先に笑い出した。
気の置けない人の集まり。
紗都は、そんな風に三人を表現した。
「これで分かった? 古都は俺のこと、男だって思ってないんだ」
ほんとですね、と言って更に紗都が笑う。
「私が何!?」
部屋の隅にいてまりんにお弁当を食べさせていた古都は、声だけで聞く。
「俺を見事に振った女って話」
やめてよ、と言葉だけは言うものの、顔は変わらずまりんに向いたままだった――。
夜もすっかり更けた。
まりんは櫻木のベッドで熟睡している。
さて、と徐に紗都が立ち上がった。
「どうした?」
そう声をかけた櫻木に向かい、彼女は笑った。
「ほんとに誘拐にするつもりですか!?」
「そのつもりだけど」
この返事には、流石の紗都も驚いている。
「この時間になっても、お前の携帯は鳴らない。そんな家族は必要じゃない」
泣くつもりはなかったのだろう。
でも紗都は泣き出した。涙の筋だけが、やけに悲しく見えた。
「家族は…」
「無理して話すことはない」
洸の言葉が、紗都の言葉を遮る。
「大丈夫。先輩たちには聞いてもらいたい」
「何でも言えよ。今夜は宴会だ。ここで聞いたことは門外不出だ」
To be continued