『君戀しやと、呟けど。。。』

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『愛してる』Ⅲ

2008-09-17 22:18:32 | short(テーマ)
「何にも聞かないんですね」
 世間話を続ける彼の言葉を遮って、私は声をかけた。

 暫く沈黙が訪れた。
 やっぱり何も言わなければよかった。
 そうすれば懐かしい楽しい時間で終わったかもしれなかったのに。
「ごめんなさい。ご馳走様でした」
 すると立ち上がった私の手を、彼が掴んだ。
 彼は何も言わないままで、私を再び座らせた。
「実の梨が後悔すると思った…」
 彼の言葉は唐突に始まった。それは本当の彼の言葉だった。
「若い子は長続きしない。そう聞いた。だから待ってた。二十歳になるのを。実の梨からの電話がなくなって、やっぱり若い子の時間は早いと思った」
 嘘…
「休みも定期的には取れない。給料も安い。良いことは殆んどないと言っても良かった。その上、十歳も上のオジサンと付き合うなんて無理なんだと思った」
 そこまで話して、彼はアイスコーヒーを飲み干した。
「何度も電話をしようと思って、やっぱりできなかった。悪かった」
 そこで彼は頭を下げた。
「止めて下さい」
「いや。これで本当に忘れられる。結構引きずってたから。さっきも思いっきり勇気出して声かけたくらいだから」
 泣くもんか、という気持ちの時は、どうして涙は溢れるんだろう。
 バッグからハンカチを出すと、彼が改めて謝っている。
 私も話したいと思った。
 でも話せそうにない。
 私は携帯を取り出すと、メールを打った。
『私は恋人だと信じることができなかった。好きって言われたこともなかった。電話かけてくれたこともなかった。だから私が電話をしなくなったら、どうなるんだろうと思った。そしたら終わってしまったと、ずっとそう思っていた』
 送信。
 良かった。彼の携帯が三年前と同じ着信音で鳴っている。
「今のメール、俺に?」
 私は頷いた。
『好きだったよ。たぶん、最初に遇った時から。逢わなかった、この三年の間もずっと、愛してる』
 返ってきた言葉に、今度こそ涙が溢れた。
『じゃ、ホテル行こって誘った時、どうして逃げたの?』
 送信。
『当たり前だろ。あの時、実の梨はまだ未成年だったんだぞ。純文学の編集者が、未成年とやっちゃ不味いでしょ』
 あは、は。
 私って莫迦みたい。
「勝手に、相手にされてないと思い込んじゃった」
 彼は微かに目元に照れを見せる。
「今なら喜んで連れて行くけど」

 気付けば無駄な三年ではなかったと思える。
 離れても結局忘れられなくて、好きって気持ちに無理矢理ふたをして、見ない振りしてた。
 なのに携帯変えても、着信音も同じまま登録して、かかってこない電話やメールを待っていた。
「それは俺も同じ。友達に捨てられたって言われても、実の梨のこと悪く思いたくなかった」
 渉も携帯変わってるもんね、同じことしてくれてたんだよね。
「今度はナンパなんて中途半端なこと言わないから。俺、三年の間に年くっちゃったからさ、実の梨が決心ついたら結婚してくれ」
 そうだね。
 私ももう未成年じゃないし。
 うん。今度こそ、お嫁さんにしてね。
「ホテルのベッドに押し倒されて、言う科白じゃないけどな」
 そう言いながら、涙を拭う。
 彼が眼鏡を外してサイドテーブルに置くと、戻ってきたその手が頬を挟み込む。
 ゆっくりと近づいてくる彼は、やっぱり大好きな瞳をしてる。
 そして唇に触れた瞬間。
 最初にキスした時に見た、月夜の下の綺麗な椛を思い出した――。
                  【了】
                        著作:紫草
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