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羽仁は笑顔を浮かべ、結城漣の待つ店内に続く扉を開けた。
しかし、そこに彼の姿はなく、怪訝な顔をする羽仁に気付いたマスターが人差し指で上を指す。
「お母さんと羽琉ちゃんが来たんだよ」
お客様のオーダーを作る合間に、そう小声で教えてくれた。
どうして母と妹が? 否、それより彼はどうしたんだろう。
「お疲れ様でした」
羽仁はカウンターを抜け上への階段に向かう。上がる途中で三人が同じテーブルにいるのが見えた。
あの~ まだデートしてないんですけれど。先に親に会っちゃうってどういうことでしょうか。
思い切り脱力してテーブルの傍に立つ。
「羽琉ちゃん。ママはどうしてここにいるのかな~」
漣の後ろに立ったため、その声を聞くまで羽仁が上がってきたことに気付かなかったようだ。背もたれに体を預け見上げてくる。
やめれ、そんな小動物のような目で見るのは。
「今日はパパご飯いらないんだって。お迎えの後でお買い物に来たの」
小さな子供は正直でよろしい。要するに、お夕飯を作るのをパスしたいのだね。うんうん。分かるよ。外食でもお弁当でもいいから、たまには楽して下さい。でもね。
「お母さん。どうして三人でお座りになっているのかな」
「あ。マスターさんが羽仁のカレシだっていうから」
「へ?」
ち~が~う! まだ彼氏じゃない。いや、落ち着け。そうじゃない。その前に、デートに行けるところだったんだよ、それも初めての……。
「羽仁さん。何ならみんなで食事に行きませんか」
「は?」
きっと、その時の羽仁の顔は鳩が豆鉄砲? だって羽琉が笑い出したから。
「羽琉ちゃん。大きな声を出しちゃダメよ」
母が慌てて、口を押えてる。
もう、お好きなように。そんな心境だった。だって初デートが家族で食事。
「何か食べたいものはありますか」
漣が母と羽琉に向かって尋ねている。できれば自分にもそのお言葉を。そこで、クスっと笑われた。
え? 何故笑う。心の中が分かるの?
「羽仁。そんなところで百面相していたら、カレシさんじゃなくても分かるわよ」
お邪魔虫にはなりたくないですからね、お弁当買って帰ろうねと言いながら母は羽琉の手を取って立ち上がる。
「お母さん」
「あまり遅くならないようにね」
すると漣が、ちゃんと送りますからと会釈をしていた。
「じゃ、行きましょう」
「あ、はい」
何だか気持ちがばくばく踊っているみたい。
お店を出て暫くすると、少し前を歩いていた漣が振り返る。
「で、食べたいものは?」
のっけから調子が狂いっぱなしで、今さら前からマスターと知り合いですかとか聞けそうにない。
「焼き鳥とか」
「いいよ。じゃ居酒屋行こっか。それより串焼きの方がいいかな」
羽仁さん、お酒飲める? と続く言葉に、弱いですがと加えて返事をした。
居酒屋のチェーン店に行くものだと思っていた。でも違った。四人掛けのテーブルが三つだけの小さなお店だった。串を焼くコンロを挟んでカウンターにも椅子が三つ。そのカウンターに座る。
ラッキー、隣同士だ。
漣は常連さんのようで、大将、こんばんはと声をかけている。メニューには鶏だけでなく、牛も豚も魚も野菜も多方面の串の種類がずらりと書いてある。
「どれも美味しいよ。好きなもの書いて」
テーブルに置いてある一覧表に、チェックをすると持ってきてくれるらしい。
「すごいですね。全部食べたくなります」
はっ! 食い意地が張っていると思われるか。
「なら全部頼もう。一本ずつにするからもっと食べたいと思ったら追加注文してね」
そこで最初に頼んだビールが届いた。
「じゃ、乾杯」
同じように乾杯とグラスを傾け、初デートに、と心の中で足しておく。
お腹いっぱいになるまで食べて、ビールだけじゃなく焼酎も飲んで。いっぱいお喋りもできて本当に楽しかった。
そろそろ帰らなきゃね。そう思った時に気付く。
「あ。携帯の番号を教えて下さい。赤外線じゃなくて、書きとめますから」
言いながら手帳を出そうとすると、何だか様子が変だ。おかしなことを言っただろうか。漣は何も言ってくれない。そして、いくぶん多めの瞬きの後、吹き出した。
「羽仁さん。携帯出して」
あ、はいはい。どうぞ。
彼が羽仁のスマホをさくさく操って、アドレスを登録しているようだ。
「俺にメール送ってもいい?」
「どうぞどうぞ。私の携帯の番号はですね」
「大丈夫。もう貼り付けた」
お~ 仕事が早い。
「それで、いいのかな」
は?
「何が、でしょう」
「彼氏ってことでいいのかな」
ええええ~
ここできますか、その科白。
頬が赤いのは飲みすぎたってことにして。
「はい。漣さんは私の彼氏さんです」
そこで一拍遅れて大爆笑された。
あれ? 何で笑うの?
「じゃ。羽仁さんは俺の彼女さんね」
パチリと見せてくれたウィンクは、完全にノックアウトを食らった鐘の音を羽仁の頭に響かせてくれた。
もうモテ期なくてもいい。漣がいてくれたら、きっと楽しいと思うから。もうすぐクリスマス。初めてイベントに参加できる、かもしれない。
【了】 著 作:紫 草