『君戀しやと、呟けど。。。』

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『愛しい想い』 vol.26

2006-06-16 15:40:54 | 小説『愛しい想い』
 騒がしい声がして、扉が開いた。
 確かに母と同じ世代だろうな。
 でも、随分とお疲れぎみ。

「こんにちは」
 私は恐る恐る声を掛ける。
「あら、こんにちは」
 人がいると思っていなかったのだろう。挨拶だけはしてくれたけれど、その印象は決して穏やかなものではなかった。
 車椅子が上手く動かなくて、あちこちにぶつけてしまっている。その度に、怒りともとれる言葉が聞こえてくる。
 付き添いがいないのは、何故だろう。怒りが生まれれば生まれた分だけ、車椅子は云うことを聞いてくれない。不思議な話だが、私は何時しか、そう思うようになった。
 結局、彼女はナースコールを押してしまっている。
「どうしました?」
 と看護士が入ってきた。
 私には、視線で挨拶をしてくれる。
「ベッドに上がれませんか?」
 と手を貸している。その間にも文句は出続けている。

 こりゃ、一緒に暮らすのは大変だ。

「北野さん、こちら谷村魅子さんといって、とっても優しいお嬢さんですよ」
「やめて下さい、お嬢さんなんて。谷村です。宜しくお願いします」
 私は、自分から挨拶をすることで、一線引いてしまおうと考えた。だって、北野なんて名前、心臓に悪いわ。
「あなた、谷村って云うの?」
 すると、向うのベッドに漸く落ち着いた彼女が私に向かって声をかけてきた。
「はい。そうです」
 私が不愉快な顔をしているとでも、思ったのかもしれない。彼女は、部屋を出ようとしていた看護士を呼び止める。そして、怒ったように云い放つ。
「部屋、変えて。どこでもいいから早く!」
 と。

 それからは、再びの大騒ぎ。
 部屋を変えろという彼女と、部屋がないと説明する看護士たち。深夜になっても、その騒ぎは収まらず、私は自分から部屋を出た。
「魅子さん、何処行くの?」
 看護長が聞いた。
「私が気に入らないのに、私がいたら話にならないでしょ。待合室に行く」
 その時、誰かが背後へと回り、車椅子を押した。
「誰?」
「俺」

 えっ

 それは忘れもしない優一の、以前と変わらない声のように聞こえた。
「北野さん。お知り合いですか?」
 看護長が、疑いながら聞いている。当然だろう。
 それに優一である筈がない。優一は、この病院を知らないのだから。

 その時、その人は云った。
「はい。母をお願いします。私は魅子を連れて行きますので」
 そこで漸く、優一は私の前に現れた。
 余りの驚きに、私の思考は一時停止を決め込んだようだ。。。

            To be continued
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