「しよっか」
その後、続けられたキスの言葉に、思い切り目を瞠った。
そんな私に、彼は同じことを繰り返す。
そして近付く彼の甘い香りを、顔を逸らすことで避けた。
「駄目?」
「ルージュが」
それしか言葉が思いつかなかった。理由なんて、ほかにもいっぱいあったのに。
夕暮れの待ち合わせ場所、有名な往来の場所ですることじゃないとか。
私たちは、そんな間柄じゃないとか。
私の方が年上で、勢いなんかで羽目を外すことなんてできないとか。
君には、きっと彼女がいる…筈とか。
でも何も出てこなかった。
常識も正論も、倫理さえも飛んでしまった。
「ルージュが何 取れちゃうってこと?」
吸い込まれそうな深いダークブラウンの瞳は、私の姿を映してた。
「えっと、君についちゃうよ」
「なら後で、取ってよ」
そう笑った、彼の瞳は夕暮れの移り変わりを反射して、薄紫にきらりと光る。
指が…
彼の掌が首の後ろに廻されて、何だかとても優しかった。心の奥が温かくて、何か大事なことを言わなきゃという気持ちさえ忘れさせてしまう。
五本の指って一本ずつに血が通い、それぞれが意思を持って存在しているんだなということに、今気付いた。
一瞬。
ほんの一瞬、彼の唇が動いた。
でも何を囁いたのかは、分からなかった。
刹那、口唇は重なっていたから。
彼の唇の淵を、添えた人差し指で辿りながら、私は思う。
瞳を開けた瞬間、彼は跡形もなく消えうせ、私はたった一人で此処に立っているのかもしれないと。
夜の帳が魅せた幻。
夢のなかで繰り広げられる、遠い世界の戀物語――。
【終わり】
著作:紫草
ニコッとタウン(初出し8/9)
その後、続けられたキスの言葉に、思い切り目を瞠った。
そんな私に、彼は同じことを繰り返す。
そして近付く彼の甘い香りを、顔を逸らすことで避けた。
「駄目?」
「ルージュが」
それしか言葉が思いつかなかった。理由なんて、ほかにもいっぱいあったのに。
夕暮れの待ち合わせ場所、有名な往来の場所ですることじゃないとか。
私たちは、そんな間柄じゃないとか。
私の方が年上で、勢いなんかで羽目を外すことなんてできないとか。
君には、きっと彼女がいる…筈とか。
でも何も出てこなかった。
常識も正論も、倫理さえも飛んでしまった。
「ルージュが何 取れちゃうってこと?」
吸い込まれそうな深いダークブラウンの瞳は、私の姿を映してた。
「えっと、君についちゃうよ」
「なら後で、取ってよ」
そう笑った、彼の瞳は夕暮れの移り変わりを反射して、薄紫にきらりと光る。
指が…
彼の掌が首の後ろに廻されて、何だかとても優しかった。心の奥が温かくて、何か大事なことを言わなきゃという気持ちさえ忘れさせてしまう。
五本の指って一本ずつに血が通い、それぞれが意思を持って存在しているんだなということに、今気付いた。
一瞬。
ほんの一瞬、彼の唇が動いた。
でも何を囁いたのかは、分からなかった。
刹那、口唇は重なっていたから。
彼の唇の淵を、添えた人差し指で辿りながら、私は思う。
瞳を開けた瞬間、彼は跡形もなく消えうせ、私はたった一人で此処に立っているのかもしれないと。
夜の帳が魅せた幻。
夢のなかで繰り広げられる、遠い世界の戀物語――。
【終わり】
著作:紫草
ニコッとタウン(初出し8/9)