ナースセンターで面会時間は午後からだと言われた。
仕方なく休憩スペースで待つことにする。
二時間ほど、経った頃だった。車椅子に乗った誰かが近づいてくる気配があった。
遼平が顔を上げると、そこには懐かしい池端の姿が在った――。
「田路から聞いた。それで…」
「うん。聖恵から電話があったの。きっと今頃、待合いか休憩スペースにいるんじゃないかって」
本当だったね、と池端が笑った。
刹那。
自分の気持ちに、遼平は気付いた。
「俺、お前のこと好き」
そして何の衒(てら)いもなく、告白してた。
きっと田路は分かってたんだな。
入部した時から、気になってた。口数少なくて、それでいて抜群の存在感があって、そして良い写真を撮ってた。それを認めたくないばかりに、自分の気持ちにまで蓋をした。
驚く池端の顔に、みるみる涙が浮かぶ。
「ありがとう。告白なんて、一生聞くことはないと思ってた」
そんな大袈裟な…
「私ね。あと何年生きられるか、分からないの」
え。
「嘘…だろ」
「生きるよ、ちゃんと。めげたりしない。でも、恋愛だけは無理かも」
泣き笑いの彼女の顔に、諦めの表情を見る。
「俺。こっち、帰ってくる」
本気だった。ちょうど、卒業だ。カメラマンとしてだって、このまま続く筈がない。認められたのは、お前の方だったんだから。
そんな遼平の気持ちを感じとったのか。池端が首を振る。
「私、見たよ。山岳の特集記事。白神山地の峰、本当に綺麗だった」
その言葉に、思わず涙が溢れてくる。
痩せた池端の手が、頬に触れる。遼平は思わず、彼女を抱き締めた。
「池端、俺。お前に謝らないと。田路の写真、俺…」
あいつを胸に抱いて、言葉に詰まる。
「それぞれの個性が出てたって。矢木先生が褒めてたよ。ただ河野はちょっと天狗になってるから、今は言わないけどなって」
そう言って、ぺろっと舌を出す。
「先生が」
「うん。結局、二人とも、あの桜の木と聖恵を撮った写真を作品にした。河野君は他にも沢山の写真の中から、それでもあの写真を選んだ。その目が才能だと私は思うよ。あの時は偶々私の撮った写真の評価が優先された。それだけよ」
彼女のその言葉に、いろいろな意味でこんなにも自分の心を占めている眞子の存在に気付いた――。
その後、遼平は卒業しカメラマンとしての仕事を続けた。
眞子との付き合いはテレビ電話やメール、そして遼平が帰ってくることで続いていった。眞子も自分のことを気にしていたという。だから、田路のモデルのことでも怒らなかったと。
「河野君が良い写真を撮ってくれたら、それでいいと思ったから」
そして、数年後。
再び、思い出の桜を撮りに戻った遼平が、病院から眞子を連れ出した。
時間はない。医者から告げられたタイムリミットは十分間。
たった一枚だけシャッターを切った、あの最后の桜と眞子の後ろ姿の写真。
満開の桜の下で、真っ白なワンピースを着た彼女の、斜め後ろからの微かな頬のライン。光源が少し足りなくて、それをカバーするような真白なシルクの布地が映える。
そして、これが彼女の遺影となった――。
【了】(テーマ:3部作/その3)
著作:紫草
3部作:続篇「梔子」へ
仕方なく休憩スペースで待つことにする。
二時間ほど、経った頃だった。車椅子に乗った誰かが近づいてくる気配があった。
遼平が顔を上げると、そこには懐かしい池端の姿が在った――。
「田路から聞いた。それで…」
「うん。聖恵から電話があったの。きっと今頃、待合いか休憩スペースにいるんじゃないかって」
本当だったね、と池端が笑った。
刹那。
自分の気持ちに、遼平は気付いた。
「俺、お前のこと好き」
そして何の衒(てら)いもなく、告白してた。
きっと田路は分かってたんだな。
入部した時から、気になってた。口数少なくて、それでいて抜群の存在感があって、そして良い写真を撮ってた。それを認めたくないばかりに、自分の気持ちにまで蓋をした。
驚く池端の顔に、みるみる涙が浮かぶ。
「ありがとう。告白なんて、一生聞くことはないと思ってた」
そんな大袈裟な…
「私ね。あと何年生きられるか、分からないの」
え。
「嘘…だろ」
「生きるよ、ちゃんと。めげたりしない。でも、恋愛だけは無理かも」
泣き笑いの彼女の顔に、諦めの表情を見る。
「俺。こっち、帰ってくる」
本気だった。ちょうど、卒業だ。カメラマンとしてだって、このまま続く筈がない。認められたのは、お前の方だったんだから。
そんな遼平の気持ちを感じとったのか。池端が首を振る。
「私、見たよ。山岳の特集記事。白神山地の峰、本当に綺麗だった」
その言葉に、思わず涙が溢れてくる。
痩せた池端の手が、頬に触れる。遼平は思わず、彼女を抱き締めた。
「池端、俺。お前に謝らないと。田路の写真、俺…」
あいつを胸に抱いて、言葉に詰まる。
「それぞれの個性が出てたって。矢木先生が褒めてたよ。ただ河野はちょっと天狗になってるから、今は言わないけどなって」
そう言って、ぺろっと舌を出す。
「先生が」
「うん。結局、二人とも、あの桜の木と聖恵を撮った写真を作品にした。河野君は他にも沢山の写真の中から、それでもあの写真を選んだ。その目が才能だと私は思うよ。あの時は偶々私の撮った写真の評価が優先された。それだけよ」
彼女のその言葉に、いろいろな意味でこんなにも自分の心を占めている眞子の存在に気付いた――。
その後、遼平は卒業しカメラマンとしての仕事を続けた。
眞子との付き合いはテレビ電話やメール、そして遼平が帰ってくることで続いていった。眞子も自分のことを気にしていたという。だから、田路のモデルのことでも怒らなかったと。
「河野君が良い写真を撮ってくれたら、それでいいと思ったから」
そして、数年後。
再び、思い出の桜を撮りに戻った遼平が、病院から眞子を連れ出した。
時間はない。医者から告げられたタイムリミットは十分間。
たった一枚だけシャッターを切った、あの最后の桜と眞子の後ろ姿の写真。
満開の桜の下で、真っ白なワンピースを着た彼女の、斜め後ろからの微かな頬のライン。光源が少し足りなくて、それをカバーするような真白なシルクの布地が映える。
そして、これが彼女の遺影となった――。
【了】(テーマ:3部作/その3)
著作:紫草
3部作:続篇「梔子」へ