寝不足も三日続くと、慣れてくるもんだな。
朝方帰宅した母は、起きていた小城乃を見ると一目で気に入り、好きなだけ居てもいいと上機嫌だった。そして、まりんの顔を覗きこみ、この様子なら大丈夫だろうと言う。
どんなにちゃらんぽらんしていても、高校生二人よりは言葉の重みが違うと思った。
二組しかない布団を並べて敷いているので、母の分の布団がない。どうするつもりだろうかと思っていたら、さっさと出かける仕度を始める。
「ちょっと何処行くの?」
「お店。ママに話したら泊まっていいって言ってもらったから。ここで四人じゃ狭いでしょ」
そうだけど、普通置いていかないでしょ。この場合…
そう思っていると耳元に囁かれた。
「カッコいい子だね。押し倒しちゃえ」
「ちょっと~」
まりんちゃんが起きちゃうよ、と残して母はひらひら手を振りながら出て行った。
「ごめんなさい。何だか、莫迦な母親で」
「ううん。羨ましい。母親って良い思い出がないから」
小城乃はそう言いながら、まりんの傍らで横になる。
「明かり消すね」
まりんを挟んで横になると、まるで親子のようだなと思った。
でも逆算して、それはないかと慌てて打ち消す自分に笑った。
(私、何考えてんだろ)
結局、うとうとしただけで眠れない一夜となった。
朝、熱も下がって絶好調を取り戻したまりんは、動物園に行きたいと言い出した。
さっすが子供って本能で生きてる。
小城乃が帰ろうと説得するも効果はなく、保育園は休まなければならないので彼も今日は休むという。
結局、今日は一日家で遊んで、動物園は日曜日に行くということで話は決まったようだ。
「先輩。そうしてると本当のパパみたい」
軽い気持ちで言った言葉に、固まっている。
あれ、地雷踏んだ?
「俺の子って言ったら、どうする」
驚いて言葉をなくす、って言葉を伝えられず言葉を失っていた。
嘘だよね…
「やっぱ引くよな。俺の子じゃない。でも俺が育てていく子だ」
小城乃の言葉は強烈に、古都の心に響いた。
「お母さんはいないって言ったよね。お父さんは入院中。まりんちゃんは誰の子なの」
小城乃は淋しそうに笑った。そして何を聞いても、もう何も答えてくれないだろうと思った。
朝御飯を食べて、二人は笑顔で帰って行った。
「ありがとう。もう迷惑はかけないから」
小城乃のそんな言葉に傷ついても、それを口にしてはいけないと思った。
「先輩は、みんなのアイドルでいなきゃね」
まりんは屈託のない笑顔を向けている。今日は小城乃が休むと聞いて、上機嫌の最上級だ。
子供…
『俺の子って言ったら、どうする』
あの先輩の言葉に嘘があったのだろうか。
「待って」
古都は慌てて後を追う。
「私、信じる。先輩の言葉、全部。だから本当のことを言って。まりんちゃんは先輩の子ね」
まりんが早く早くと彼を呼ぶ。肯定も否定もせず、小城乃は去っていった。
失恋した。
たった今、失恋した。
でも、暫く忘れられそうにない。
だから忘れるまでは忘れない。
「先輩。優しい気持ちをありがとう――」
――遠くに、古都の声を聞いた。
こちらこそ、ありがとう。本当の自分たちを受け入れてくれて。
学校の図書室の隅っこで、よく本を読んでいる子だった。あの本屋で見かけた時は本当に驚いた。思わず知らない振りしたりして。
しっかり制服着てるのに、莫迦なことを言ったもんだ。
でも、そのお蔭で恋心に気付けた。
胸の奥に秘めた恋にもし終わりが来るとしたら、それは古都に男ができた時かもしれない。
それでも…
いつまでも我が儘に、君を想うことを許してくれ。
【了】
著作:紫草
朝方帰宅した母は、起きていた小城乃を見ると一目で気に入り、好きなだけ居てもいいと上機嫌だった。そして、まりんの顔を覗きこみ、この様子なら大丈夫だろうと言う。
どんなにちゃらんぽらんしていても、高校生二人よりは言葉の重みが違うと思った。
二組しかない布団を並べて敷いているので、母の分の布団がない。どうするつもりだろうかと思っていたら、さっさと出かける仕度を始める。
「ちょっと何処行くの?」
「お店。ママに話したら泊まっていいって言ってもらったから。ここで四人じゃ狭いでしょ」
そうだけど、普通置いていかないでしょ。この場合…
そう思っていると耳元に囁かれた。
「カッコいい子だね。押し倒しちゃえ」
「ちょっと~」
まりんちゃんが起きちゃうよ、と残して母はひらひら手を振りながら出て行った。
「ごめんなさい。何だか、莫迦な母親で」
「ううん。羨ましい。母親って良い思い出がないから」
小城乃はそう言いながら、まりんの傍らで横になる。
「明かり消すね」
まりんを挟んで横になると、まるで親子のようだなと思った。
でも逆算して、それはないかと慌てて打ち消す自分に笑った。
(私、何考えてんだろ)
結局、うとうとしただけで眠れない一夜となった。
朝、熱も下がって絶好調を取り戻したまりんは、動物園に行きたいと言い出した。
さっすが子供って本能で生きてる。
小城乃が帰ろうと説得するも効果はなく、保育園は休まなければならないので彼も今日は休むという。
結局、今日は一日家で遊んで、動物園は日曜日に行くということで話は決まったようだ。
「先輩。そうしてると本当のパパみたい」
軽い気持ちで言った言葉に、固まっている。
あれ、地雷踏んだ?
「俺の子って言ったら、どうする」
驚いて言葉をなくす、って言葉を伝えられず言葉を失っていた。
嘘だよね…
「やっぱ引くよな。俺の子じゃない。でも俺が育てていく子だ」
小城乃の言葉は強烈に、古都の心に響いた。
「お母さんはいないって言ったよね。お父さんは入院中。まりんちゃんは誰の子なの」
小城乃は淋しそうに笑った。そして何を聞いても、もう何も答えてくれないだろうと思った。
朝御飯を食べて、二人は笑顔で帰って行った。
「ありがとう。もう迷惑はかけないから」
小城乃のそんな言葉に傷ついても、それを口にしてはいけないと思った。
「先輩は、みんなのアイドルでいなきゃね」
まりんは屈託のない笑顔を向けている。今日は小城乃が休むと聞いて、上機嫌の最上級だ。
子供…
『俺の子って言ったら、どうする』
あの先輩の言葉に嘘があったのだろうか。
「待って」
古都は慌てて後を追う。
「私、信じる。先輩の言葉、全部。だから本当のことを言って。まりんちゃんは先輩の子ね」
まりんが早く早くと彼を呼ぶ。肯定も否定もせず、小城乃は去っていった。
失恋した。
たった今、失恋した。
でも、暫く忘れられそうにない。
だから忘れるまでは忘れない。
「先輩。優しい気持ちをありがとう――」
――遠くに、古都の声を聞いた。
こちらこそ、ありがとう。本当の自分たちを受け入れてくれて。
学校の図書室の隅っこで、よく本を読んでいる子だった。あの本屋で見かけた時は本当に驚いた。思わず知らない振りしたりして。
しっかり制服着てるのに、莫迦なことを言ったもんだ。
でも、そのお蔭で恋心に気付けた。
胸の奥に秘めた恋にもし終わりが来るとしたら、それは古都に男ができた時かもしれない。
それでも…
いつまでも我が儘に、君を想うことを許してくれ。
【了】
著作:紫草