幾星霜。
桜の樹に宿り、人を見送る。
我、桜が精霊にあり。
* * *
川沿いに並ぶ桜に、花が咲く。
暖かな陽射しを受けて、ゆっくりと開く蕾。一方で早咲きした木々からは、早くも花びらが落ちてゆく。
孫と一緒に出かけた祖母は、引っ張られるように土手を歩く。
「おばあちゃん、きれいね~」
きっと、母親から聞かされているのだろう。
孫が、おしゃまな言葉で話す。
「そうだね。桜は、ずっと見てても楽しいね」
もうすぐ日が落ちる。
すると吊るされた提灯に明かりが灯り、並んだ屋台のシートが外されることだろう。
「あ!おばあちゃん。あそこにすずめがいる」
孫の指さす方向に目を向けると、確かに人の喧騒を避けるように、桜の枝の奥深くすずめが二羽とまっていた。
「すずめもお花見してるのかもね。そっとしておいてあげようか」
そう祖母が言うと孫も頷き、人差し指を口に当て、し~っとその木の側を離れてゆく。
「ママたち、遅いね」
「もうすぐ来るよ。お弁当、多過ぎて早く歩けないのかもしれないよ」
ところが祖母が言い終わる頃には、孫の瞳は別のものを見つめている。
小さな子供の興味は次から次へと移り変わる。今度は、川へと下りる階段に向かって行く。
「危ないから…」
ところが駄目だと制止しようとする前に、孫は足を止めた。そしてその顔が、ぱぁ~っと明るくなった。
遠くにではあるが、どうやら母親の姿を見つけたようだ。
「おばあちゃん、行ってもいい?」
「気をつけるんだよ。ばあちゃん、ここで待ってるから」
まだ人手は少ない。上手く人並みをかき分けて、孫は母親の処まで駆けて行った。
* * *
あと何回、孫と一緒に花見ができるだろうと、背中を見送る祖母がいた。
小さな掌が少しずつ大きくなって、やがて自分の手よりも大きくなって…
そう思いに耽りながら、家族を迎える祖母がいた。
手作りのお弁当と、屋台で買ったたこ焼きと、そしてみんなの笑い声。
新しく宿った精霊は、集まる人を優しく見守る。
そして満開の花の中に、また新しく小さな花をつけた。
いつか召されるその日まで、春の桜を絶やさずに――。
【了】
著作:紫草
*追記
ホームページで壁紙がつくと、こんな感じに変身。
short『桜の樹に宿る精霊』3/孤悲物語り
桜の樹に宿り、人を見送る。
我、桜が精霊にあり。
* * *
川沿いに並ぶ桜に、花が咲く。
暖かな陽射しを受けて、ゆっくりと開く蕾。一方で早咲きした木々からは、早くも花びらが落ちてゆく。
孫と一緒に出かけた祖母は、引っ張られるように土手を歩く。
「おばあちゃん、きれいね~」
きっと、母親から聞かされているのだろう。
孫が、おしゃまな言葉で話す。
「そうだね。桜は、ずっと見てても楽しいね」
もうすぐ日が落ちる。
すると吊るされた提灯に明かりが灯り、並んだ屋台のシートが外されることだろう。
「あ!おばあちゃん。あそこにすずめがいる」
孫の指さす方向に目を向けると、確かに人の喧騒を避けるように、桜の枝の奥深くすずめが二羽とまっていた。
「すずめもお花見してるのかもね。そっとしておいてあげようか」
そう祖母が言うと孫も頷き、人差し指を口に当て、し~っとその木の側を離れてゆく。
「ママたち、遅いね」
「もうすぐ来るよ。お弁当、多過ぎて早く歩けないのかもしれないよ」
ところが祖母が言い終わる頃には、孫の瞳は別のものを見つめている。
小さな子供の興味は次から次へと移り変わる。今度は、川へと下りる階段に向かって行く。
「危ないから…」
ところが駄目だと制止しようとする前に、孫は足を止めた。そしてその顔が、ぱぁ~っと明るくなった。
遠くにではあるが、どうやら母親の姿を見つけたようだ。
「おばあちゃん、行ってもいい?」
「気をつけるんだよ。ばあちゃん、ここで待ってるから」
まだ人手は少ない。上手く人並みをかき分けて、孫は母親の処まで駆けて行った。
* * *
あと何回、孫と一緒に花見ができるだろうと、背中を見送る祖母がいた。
小さな掌が少しずつ大きくなって、やがて自分の手よりも大きくなって…
そう思いに耽りながら、家族を迎える祖母がいた。
手作りのお弁当と、屋台で買ったたこ焼きと、そしてみんなの笑い声。
新しく宿った精霊は、集まる人を優しく見守る。
そして満開の花の中に、また新しく小さな花をつけた。
いつか召されるその日まで、春の桜を絶やさずに――。
【了】
著作:紫草
*追記
ホームページで壁紙がつくと、こんな感じに変身。
short『桜の樹に宿る精霊』3/孤悲物語り