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絵本の楽屋   by 夏野いばら

「ねずみとおうさま」  コロマ神父:文 石井桃子:訳      土方重巳:絵 岩波の子どもの本

この国の、王子様とお姫様のために

この絵本は、1953年初版。改版を経て2019年に47刷。絵本の中では、レジェンド中のレジェンドとも言える存在です。しかし、その生い立ちというか、レジェンドになるまでの道のりがとても不思議で、それだけで一つお話しが書けそう…。

以下、ネット情報を拾いながら(*)、まとめてみました。

むかし、遠いスペインという国でのおはなしです。
アルフォンソ12世という若い王様が病気で亡くなられたのですが、その時すでに、お妃さまのお腹の中には赤ちゃんがいました。数ヶ月後のある日、お城の
祝砲が鳴り始め、16発目が鳴り響いたその時、マドリード中の人々が歓喜の声をあげたと言います。祝砲の数が、女の子なら15発、男の子なら21発と決まっていたからです。1886年のことでした。

こうして、国中の期待と祝福のうちに生まれてきた男の子は、生まれた瞬間に王様になりました。つまり、アルフォンソ13世の誕生です。正式には、アルフォンソ・レオン・フェルナンド・マリア・ハイメ・イシドロ・アントニオ・デ・ボルボン・イ・アブスブルゴ-ロレーナという長~いお名前でしたが、お母さまはこの子を「ブビ」(=ベイビー)と呼ばれました。

さっそくお母様が摂政となり、同時に、この赤ちゃん王様のために、国を挙げての英才教育が始まりました。あらゆる分野の一流の学者・専門家・軍人らが家庭教師として呼ばれ、帝王教育がなされたのです。その中には、ルイス・コロマ神父というイエズス会の神父も含まれていました。スペインはカトリックの国、幼い王様にはしっかりその教えを学んでいただかなくては!

どうやら、コロマ神父は、この世界一甘やかされて育っている王様の将来を心配していたようです。そして「本当に国民を守る王様になってほしい」という願いをこめて、この「ブビ王子」のためにお話を作り、「主の祈り」もふくめて王子に語り聞かせました。それが「ねずみとおうさま」というお話しで、歯が抜け代わり始めた「ブビ王子」が主人公、1911年に出版されました。

けれどもその後、このお話はスペインで読み継がれることはありませんでした。それはおそらく、このアルフォンソ13世が、残念ながら立派な王様にはなれなかったこととも関係しているでしょう。サッカーと女遊びが大好きで、たくさんの愛人をもつ一方で、政治は気まぐれでした。裕福な人がさらに裕福になるばかりで、労働者は疲弊。内戦状態が続き、国は荒れました。揚げ句とうとう1931年の選挙で、王制に終止符が打たれます。国王は国外亡命を余儀なくされ、一家はパリへ。その後1941年、アルフォンソ13世はローマで亡くなります。事実上、スペイン王制最後の王様の、哀れな末路でした。

しかし、不思議なことに。本国スペインでは忘れ去られても、このお話は生き延びました。英訳され、さらに邦訳され、日本の子どもたちに届けられたのです。それは1953年、石井桃子責任編集の第一回「岩波の子どもの本」の6冊うちの1冊として、でした。

敗戦後間もない、まだ食料も紙も不足していた時代。
それは最高に愛らしい絵を添えられ、読みやすい平仮名で…。
「歯が抜け代わり、これから大人になる子どもたちに、ぜひ、読んでほしいのです。」という、本の作り手たちの思いが、今も聞こえるようです。

おそらくは、裕福すぎる王子様の心をとらえなかったお話。
しかし、コロマ神父の願いと祈りが、思いもかけない形で、遠く日本の子どもたちのもとに届いたことになります。

この国には今も、たくさんの王子様とお姫様がいるのです!

 
参考サイト
アルフォンソ13世|スペイン王室 (ameblo.jp)
「世界本のある暮らし」長谷川晶子 www.hico.jp/ronnbunn/trc/su07.htm 
アルフォンソ13世 (スペイン王) - Wikipedia
石井桃子(児童文学者) - さいたま市図書館 (city.saitama.jp)
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