キーンキーンとひどい音がした。宇宙に行く飛行船の中にいるみたい、と思った。わたしは眼をつむり、ひどい騒音のおくで、かすかに聞こえる音楽に注意を向けた。それは、わたしとなづながいつも聞いていたCDの一曲だった。「あれはアフリカの音楽だったのかなあ。」ブリストルで母子二人、暮らした日々のことが思い出された。なづながジェシーたちとバンドをやっている姿が思い浮かんだ。なづながまた音楽を始めることができて、よかった。
ウワンンウワンと大きな騒音が狭い筒の中に響いて、これはたまらんとおもっていると、瞼の奥にあの東欧からきた男の顔がにっこりと笑っているのが見えた。わたしも思わず微笑んだ。
さっき、あのローカル線の無人駅で、変な若い男に「いい足してるねぇ、結婚してるのぉ?オレと浮気しない?」とからかわれたとき、思わず「結婚してるわよ」って答えたけど、わたしは、きっと本当に、この東欧からきた男と一緒になるんだろうなあ。きっとこんなふうに産道を通っているときには、一緒になる人の絵姿をもっていて、うまれ落ちたときに、それを失うのだろうな。それでそのかすかな記憶で、どこか似た人を好きになったり、惹かれたりするのだろう。
なづなの父親も、東欧からきた男にそっくり。端正な目鼻、ちいさな口、おだやかで、ブッダみたいなかおしてた。「結婚」かあ。日本では、三々九度をするんだったなあ。わたしも角隠しで、三々九度をしたんだった…
「あと10分ですよ。じっとしてて。」と女のマイクロホンを通した声がした。
もうすぐ外に出るのだなあ、生まれなおして新しい人生がはじまるのだろうか。
そのとき、めがねの若いお父さんの顔と頬骨の高い美しいお母さんの顔が思いうかんだ。
80を越え年老いた二人のすがたがつづけて思いおこされた。もう8年もあっていない。わたしはひどい娘だなあ、ごめんなさい、おとうさん、おかあさん。
ああ、わたしはこの若い二人を両親に選び、日本に生まれることを決めて、生まれたんだな。
なみだがあふれほほを伝った。
「はい、終わりです」と声がして、わたしは足から光のなかにすべって出て行った。
立ちあがるとすこしくらくらした。太陽のひかりはまぶしかった。
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