ねぎ置き場~ひっそり貯えるネタの貯蔵庫~

(自称!)青春系ダンスユニット○~まる~の左。ダンスやったり、表現したがりな三十路が送るブログエンターテイメント

時間に動かされる人、時間を動かす人

2019-06-30 20:41:42 | えらく心が動いたことシリーズ
1日24時間。
そう決めたのは人間であり、
時間という概念がなかった頃も太陽が沈むのをヒントに
人間はリズムをつくってきた。

きっちり区切ったのはもっと分かりやすく
客観的にリズムを示すためであり
自分たちが便利になるように時間は作られた。

いつからだろう。
時間によって人間が動かされたのは。
「7時になったら、ご飯を食べよう」とこちら本位で時間を使うのならわかる。
今は違う。
「7時になっちゃった!ご飯を食べなきゃ!」
こまめに時計を確認して、まるで数分の遅れがでると
生命に危機が訪れるほどの慌てっぷりである。

さらには
「毎日3時間は勉強をしなさい」
と親から言われることはざらである。
その場合、内容は問われない。
3時間机に向かっていることだけが問題なのだ。

時間を統制の道具に使われることがある。
たくさん時間を費やしたことで安心を得ることがある。
時間によって気持ちが追い詰められることもある。

そのすべてに違和感を覚える。

何時間そこにいたのかではなく、
そこで何を成し遂げたのかだろう。

時間優位思考を脱しない限り、非効率の生産性だけが残る。
時間に動かされるのではなく、
成し遂げた結果、時間を動かすべきである。

父のパズル

2017-03-21 21:35:28 | えらく心が動いたことシリーズ
父はプレゼントをあげることも、もらうことも嫌った。
どちらかといえば、もらうことの方が嫌いだったみたいだ。記念日とかそういう気持ちをもので表現することに理解を示さなかった。

そんな父が突然、メールで
「今度パズルをおうくんに買ってあげましょう」
と打ってきたものだから、ん?と思ったが、どうやら本気で孫にぞっこんらしい。

今日久しぶりに実家に帰ったら、家の前で待ち構えて、すぐに思いの丈をペラペラと…。
(今まで家族には無口だったんです)

いろいろ店を回ったら、だいたいいくつか絞れたんだけと…

親父…
何件かまわったんだね!! プレゼント嫌いの父が孫を思う気持ちでプレゼントの意味を知ったんだと思う。

喜んでほしい
それは形じゃなくてもいいけど、まだ言葉が通じない孫にはわかりやすく伝えたいよね。

ありがとう、お父さん。
俺も孫が生まれたら、でれでれしちゃうのかな?

別れ際に息子が親父にバイバイしただけで、目元に光るものが…。 プレゼント、ありがとうございます。大切にします。

サヨナラの力

2017-03-18 17:41:00 | えらく心が動いたことシリーズ
春がくる。
出会いという言葉でごまかされがちの「別れ」がくる。

なんとなく、みんながその言葉を避けての数日間。
つい「また会えるよね?」という言葉で薄めたくなりがちの「別れ」がくる。

お世話になった人、大好きな友達、尊敬していた先輩……
それまで当然のごとく一緒の空間にいた人が新たな道へ進む。

「サヨナラ」という言葉は、もう会えないというニュアンスを含む気がしてなかなか人は使わない。

僕が今まで生きてきて、印象に残っているシーンがある。

僕が中学校の教員だった頃、教育実習生をもったことがある。
その子は誠実で真面目で生徒思いの性格で、僕のクラスでも一生懸命努力して生徒とふれあってくれた。
その子が最後の日、思いもよらない一言を言った。

「最後に歌ってもいいですか?」

そういうことを言う人であるという認識が生徒にも私にもなかったため、教室はどよめいた。

そして、想像を遥かに越えて、透き通った、それでいて力強い声量をもった歌声が教室に響いた。生徒ではないが、その奥に伝わる気持ちが僕にも届いて、ひたすらに涙が出てきた。一瞬の出来事であったが、五年以上経った今でも鮮明に覚えている。

「サヨナラ」の奥に優しさがあった。別れたあとの相手の未来を思いやる想像力があった。

人は「別れ」を嫌う。
それは「別れ」に耐える、受け止める勇気が必要だからだ。

しかし、本当に相手のことを思い、今後も思い続けるまっすぐな気持ちをもった「サヨナラ」には力がある。

いま、もやもやしている気持ちを抱えている人たちへ

4月以降も、その人たちは輝き続けます。未来にもし再会することがあったならば、誇れる自分のまま会いましょう。
だから、今は気持ちのこもった誠実な「サヨナラ」が必要。

もうすぐ春がきます。
ありがとう、と言いたい人はいますか?

2016

2016-12-31 19:48:00 | えらく心が動いたことシリーズ
過ぎ行く2016
一見悪いニュースばかりが目立つ2016
自分を失って
家族を失う人も確かに多かった

悪い悪いの連呼だが
その裏には数えきれない後悔がある
反省がある
反省がある限り前に進めるのだと思う

後、見逃してはいけないのは
たくさんの希望も日本中にあるということだ

自分の力を限界まで鍛え上げて
やれることを全部やった人たちがいた
それでも夢が叶わなかった人もいた
日本中はその人のことを
心から「カッコいい」と思った

生きている誰もが
心の中に灯をもっている
小さい小さい灯かもしれない
その灯がある限り
なりたい自分に近づける
それは誰しもに与えられているチャンスだと思う

熱くないことをカッコいいと思うのはもうやめよう
悪いことを全面に出して今の時代を悲観的に考えるのはもうやめよう

本来の熱い灯を取り戻せ
誇りをもって生きよう

やれることを全てやった後
そのときに思ったことを材料にして
また自分の灯を燃やせばいい

ありがとう2016
やっときたね2017

また新しい自分に会おう
新年はもうそこまできている

下手でも繰り返し書くということ

2016-11-17 21:44:00 | えらく心が動いたことシリーズ
諦めきれない夢があった。
文章を書いて多くの人に読んでもらうこと。
高校のときには本もろくに読まないくせに「作家」になりたいなんて言っていた。

小学校のときに何気なく書いた作文が取り上げられ、先生に選ばれ、地域の文集に載ったときに、自分の中で何かが弾けた。
それ以来、僕は「書く」ということに特別な感情を抱いていた。

だけど、努力も知識も足りず、願いだけが空中に浮いているような状態であったが、どんなに忙しくても、年間少しずつコンクールに応募しようと決めていた。

でも、そんなに甘くはなかった。
僕は本も読まなければ、自分を省みもしなかった。でも、書くのが好きだったので、止めることをしなかった。

今日、家に帰ったら、随筆文集コンクールの結果と講評と「奨励賞」と書かれた賞状が届いていた。
入賞20編には届かなかったが、後少しの作品であったらしい。
プロの作家さんの講評も丁寧に添えてあり、なんと気持ちのよいコンクールなんだ!と思った。

講評の「中高生向けコミックの第一巻を読んだあとのような」が自分らしくて笑えました。

どんなにささいなことだとしても、自分にとってはこれ以上ないありがたい評価!初めての勲章!

うーん、まだまだ書きたくなっちゃうなぁ…。

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