先日、家内の祖母が亡くなった。享年 97歳、「天寿を全うし」と義兄の
喪主挨拶にあった。
92歳ころまで、元気に農作業をし、ワサビやこんにゃくを出荷し、地域の
みなに愛された方だったので、葬儀には100人を超える方が集まった。
山口県の「超」山間部でこれだけの参列者が集まったのは珍しいと導師の
ご住職がおっしゃっていたが出棺の時はさらに多くの地域の方が並んで送って
くださった。「野辺の送り」という言葉がぴったりだった。
日本海側にも関わらず、当日は珍しく快晴、参列者の方々は思い出話の
中にも笑いが出る明るい葬儀で、火葬場の待合室では久しぶりに会った
親族が集まって写真を撮ったり、冗談を交えた久しぶりの会話がはずんで
「葬儀」?というくらい明るい雰囲気だった。
「送られるならこういう風に送られたいものだね」と親戚の男連中が
話していたが、本当にそうだなあと思われされた一日だった。
朝4時起き、始発で行き、最終便で帰って翌朝から仕事というのは
すこしきつかったけれど、、、、、。
喪主挨拶にあった。
92歳ころまで、元気に農作業をし、ワサビやこんにゃくを出荷し、地域の
みなに愛された方だったので、葬儀には100人を超える方が集まった。
山口県の「超」山間部でこれだけの参列者が集まったのは珍しいと導師の
ご住職がおっしゃっていたが出棺の時はさらに多くの地域の方が並んで送って
くださった。「野辺の送り」という言葉がぴったりだった。
日本海側にも関わらず、当日は珍しく快晴、参列者の方々は思い出話の
中にも笑いが出る明るい葬儀で、火葬場の待合室では久しぶりに会った
親族が集まって写真を撮ったり、冗談を交えた久しぶりの会話がはずんで
「葬儀」?というくらい明るい雰囲気だった。
「送られるならこういう風に送られたいものだね」と親戚の男連中が
話していたが、本当にそうだなあと思われされた一日だった。
朝4時起き、始発で行き、最終便で帰って翌朝から仕事というのは
すこしきつかったけれど、、、、、。