日頃のあれこれ

日頃の思いやマンション管理について書いてみます もうすぐ禁煙も11年を迎えます。

人間いずれ死ぬんやけどなあ、、、、

2012年09月24日 | 日頃思うこと
人間いずれ死ぬんやけどなあ、、、、

最近、アンチ何とか、長生き何とか、、、なんだか自分だけは死なないように思うのかなあ?

・「人間か、、、死ぬるものじゃな」、、、ってのは「出家とその弟子」
・「某(それがし)親鸞閉眼(へいがん)せば、賀茂河にいれて魚(うお)にあたうべし 「真宗聖典」

何をどうやっても死ぬし、葬式なんて川に放り込め(親鸞)ってなもんです。

助けりゃ後、何十年か生きる可能性があれば、医療資源の投下も意味があるが
もう助からないし、助かってもあと何年もない人に侵襲のきつい医療資源投資は
やめるべきだよね。「楽に」浄土へ渡してあげることも医療だよね

現代の標準医療で治らんなら、それも運命ちゃいますかな?
第一、代替医療が劇的に聞くなら「代替」になってないでしょ?

と ねこ2は思うのであります。自分の身になったら、涙するだろうけど諦められるような気がするこの頃、、、


骨折リハビリの保険制限になる150日を前にした診察がありました。

2012年09月09日 | 日頃思うこと

昨日、診察に行ってきました。寝過ごしたので3時間待ちでした。

で、結果です。

1、骨
  人工骨はなじみ始めているが、人工骨と本来の骨の部分の接する面は
  「骨折線」が出ています。(要はまだおれてて、ねじでつないでいる状態)
  荷重をかけられる状況ではないですし、まだ痛むと思います。
  痛み止めはまだ当分必要でしょう。(昨日昼勝手にやめたら夜は
  かなりの痛みでした)

2.リハビリ
  通院リハビリと自主リハビリを当分継続しましょうということに
  なりました、左外側の力が入らないのと痛みでまだ、マッサージと
  筋力トレーニングは継続みたいです。ただし、健康保険の関係で
  以前より通院回数は減る見込みですが9月中は今まで通りのペース
  です。

まだまだ、完治は先みたいです。


思い出して入院記を転載

2012年09月08日 | 日頃思うこと

怪我で入院したの記 思い出して、転記しました。

2012年09月08日 | 日頃思うこと


○1日目(日)

ねこは今回(も?)入院しました。
前回は昔の友人のアドバイスにより個室入院を希望し、
(お金はかかりましたが)まあ、それなりに過ごせました。

しかし、今回、「個室は満室です」の一言で6人部屋へ。
「このベッドです]と指示された場所の臭いたるや、、、、
仕事場のトイレのほうがはるかにましなほどの尿臭と便臭と、、
「おれ、ここで飯食うのか?」というのが最初に頭に浮かんだことでした。

不幸中の幸いだったのは窓際だったことです。そっと窓を少しだけあけました。
そのせいでいくらかは臭いが抜けたのですが、、、、

「鼻はいずれ麻痺する」という知識の元、家族へは早めに帰れと
言いましたが、娘は一発で「無理!ここ」とダウンで即帰宅でした。
ここで、病院貸与の寝巻に着替えて、本格的病人状態。

しばらくすると、「寒いんで閉めて」と周りから言われ仕方なく
閉めましたが、家内が、またしばらくしてそっと、、、、(感謝)
手術前夜のうちに、無事に「鼻」は麻痺し、食事も完食しました。
(人間の適応力はすごい)

夜間巡回の看護師に窓の隙間を見つけられ力いっぱい閉められました。
(換気扇も回してないくせに、、、、)

しかし、「耳」は麻痺しません。
整形外科病棟の約50床のうち90%が女性(高齢者)です。
したがって、6人くらいの「男」は一室に詰め込みです。
つまり、上腕(ねこ)、下肢複雑骨折+糖尿+やや痴呆1名、脊椎側彎(しっかり
してる)1名、
下肢骨折なおりかけ+痴呆(かつ巨体)1名、不明2名(おとなしい+静か)
の6名が一室。見た感じねこが最若年です。

この環境にお見舞い(家族以外)はあり得ないでしょう。

夜になると。「退院許可出ました、帰ります」を連呼する巨体のおじさん、
痛みの為、「母ちゃん、背中押してくれよう、頼むよう」と泣くおじさん。(わかるなあ、、)
看護師からおむつを汚したら言えといわれた痴呆のおじさんは「大小出ました」を
電気のスイッチをつけたり消したりしながら連呼に混ぜるようになり、「ひえー」状態。
これ、自宅介護は絶対無理。
おまけに廊下ではバーさんたちが「だれかー」とか「「たすけてー」とか叫び、ナ
ースステーションはバーさんが占拠状態。

夕方、痴呆のおじさんの家族が来たみたいで看護師に「帰れるって言ったんですか
?(怒)と質問。
「いーえ、ご本人が言ってるだけです」で終わり。

夕飯時の観察(音と気配でわかる)で一人で食べられる人3名、看護師に食べさせ
てもらわないと食べられない人
2名、家族が支援1名でした。(ねこは右手で一人で食べてました)

ねこは遮音性の高いイヤホンで耳栓をし、音楽を聞いてましたが、21時の消灯後
も静かにはならず、
睡眠薬を3倍にしてのみ、寝た?うたたね?で夜明けが来ました。
いやー、、看護師さんたちは大変です ほんと、、

○2日目(月)

夕飯食べたので、全身麻酔時に(筋弛緩剤が入るので全身の筋肉が緩む、、当然あ
そこも緩むので)
クソネコにならないよう早々にトイレに行き手術を待ちます。
麻酔医(女性)に説明を受け、手術室まで歩いていき(たくさん部屋があった)手
術台に自分で
あがって寝ころびます。注射をされた後マスクをされ、大きく息を吸って、、、で
意識がなくなりました。

****** 5時間が経過  ************

「ねこさん、ねこさん」の声で覚醒、まだ気管挿管されたままだったので大幅にむ
せて
すぐに抜管、「うまくいきましたよ」の声で、我に返る。眼鏡がないのでフィルム
は見えず。
部屋にベッドごと帰ってきたみたいだけどまだ意識朦朧。

体は動かないけど左指が動くことを確認。(神経切れてない!)
尿意があるけど動けず右手で尿管が入ってることを確認。
おまけにおむつまでされています。(上記の理由で当然なのですが、、)

かみさんに熱いタオルで手を拭いてもらうのが気持ちよく、何度もねだって
最後には嫌がられる。

20時 面会終了で一人になる。このころから本格的に麻酔が切れてきて
深い痛みが出てくる。21時ころ、のどが渇くがまだ内臓が動かず
飲水禁止。痛みと渇きとうるさいので、かなりグロッキー。酸素吸入もされる。
あまり痛いので看護師をコール、強い鎮静剤を所望 点滴に追加してもらう。
コロッと寝るわよ、と言われて(目覚めなかったりして、、と冗談を言う)
(後で調べたらソセゴンという麻薬並みの強力な薬。)
確かにコロッと寝たが、21時に入れられて23時過ぎに巨体のおじさんのおむつ
交換
で周囲が大騒ぎになりで目覚める。(最悪だー)。朝までイヤホンと音楽とお友達
。うつらうつら、、

○3日目(火)

朝食。ベッド起こすよと言われてびくびく、、、でも頑張って起こされて
食事も右手で完食。(薬も口と右手で何とか)左手はベッドに張り付いてました。

病棟婦長が来て「歩いてみる気ある?と言われて「歩きます。管外して下さい。」
で尿管も抜去(痛いと聞いてたけど何ともなし)酸素吸入も終わり)
おむつを外された後、下半身をふかれそうになるが「自分でやるよ」で自分でゴシ
ゴシ!
「しらねえおじさんの金玉なんでふきたくないよね」といったら周囲の看護師爆笑

左手は三角巾でつられました。

で、そろーっと歩き始め、病室の外に出る。
2年前に脳出血で入院したときお世話になった作業療法士に「歩けるっていいねー
」と
前と同じセリフを吐いた(らしい:本人覚えてない)

昼食 もう鼻も完全に麻痺しておいしくいただいた。(爆)

売店まで下りて行ってアイスを間食。
夕方、先生が来て説明、翌朝退院がOKになる。
歩けるので、ロビーに降りて家族と会話。

夕食後、睡眠薬を飲んで、もう寝る。

しかし、隣のおじさん心臓カテーテルの後の痛みの騒ぎとレントゲンの
大騒ぎで目が覚め、あまり寝られない、少し寝ると今度は痴呆の
おじさんのおむつ交換でまた大騒ぎ、、また目が覚める。

○4日目

夜が明け、家族が来て、しばらくして、手続き、薬説明の後
次回外来とキズチェックに先生が来て、退院OKとなりました。

ps:帰宅後、昼食をとり終わった後、眠気のあまり意識がなくなり
   左側にパタッと倒れて、「イテーッ」と目覚めるという
     ハプニングがありました。

まあ、こういう入院でした、みんなも怪我しないようにね。