被災地支援 -できることをやろう- から -ひとつなぎ- へ   NPO法人ねおす

『三陸ひとつなぎ自然学校』の釜石市を中心とした活動を応援しています。

お知らせ

★【2015年12月23日エルプラザ】「5年目の今、未来への挑戦」の報告会があります

2012年

2012年01月01日 | 被災地情報

東日本大震災があった2011年が終わり、2012年となりました。

3月12日に北海道を出発し、13日に岩手県釜石市へ。

子どもの居場所づくり活動に始まり、炊き出し、青空喫茶、物資運び、渡し。

そして避難所から仮設住宅への支援へ。

環境が少しずつ変化していくなかで、

辛いこと、悲しいこともたくさんありました・・・

そんななかでも、前に向けて進んでいく人たちの姿。

その姿を後押ししてくれたボランティアのみなさん。

たくさんの支援、出会いに感謝しながら、

今年も少しずつ前に進んでいこうと思います。

 

写真は釜石市の片岸海岸の初日の出です。

毎年見ている場所での初日の出ではありますが、

いつもとは違う気持ちでいっぱいになりました。

 

柏崎

 

 

 


仮設住宅の冬

2011年12月18日 | 被災地情報

釜石市の仮設住宅支援活動をしている団体を
対象に防災訓練が釜石の唐丹町の仮設住宅で実施されました。
初期防火について、AEDの使い方、心肺蘇生法、
凍結防止にむけての水落とし方法、消火器を使用しての消化。

慣れない仮設住宅での初めての冬ではありますが、
防火、凍結防止などを再認識し、
近隣住民の方にも声を掛けながら、生活していこうと思います。


復興食堂宝来館店オープン!!

2011年07月23日 | 被災地情報

★ここまでできるようになりました

YouTubeの画像をご覧になった方も多くいられると思います。

宝来館が津波にのまれるところを

二階まで海水が浸水しました

漂流物が山のように散乱してありました

宝来館のマイクロバスも山に突き刺さってました

電気も水も止まっています

そんなところに、本日100名ほどの方

が、食べ物やイベントを楽しみにして

来てくれました

お昼頃に地震もありましたが

無事に終えることができました

富田


5月5日の活動

2011年05月06日 | 被災地情報

■わらしっこ活動(子どもの居場所づくり)
→AM:秘密基地あそび、小川あそび、青空喫茶でジェンガ(ガンジー@HOSUP、柏崎)
→PM:羊毛クラフト、栗林小学校のホットケーキの炊き出しに参加(中村さん、ガンジー@HOSUP、柏崎)
※午後からお風呂やお出かけのため、自宅避難している姉妹のみの参加

今日は祝日ですが、子ども達の学校は始まっています。鵜住居小の子ども達(各学年2クラス)は、釜石市街の2つの小学校の空き校舎を利用しています。市内に20代のスクールバスが動き、全市内に散らばった子ども達を送迎しています。児童館開催のめどはたっておらず、学校と避難場所との行き来だけになっています。つまり、子ども達はあちらこちらにちりぢりに点在しています。

■青空喫茶
→AM:通常実施(こうたろう@えぞ、ミッキー@えぞ、みどり@えぞ)
→PM:通常実施 早めに切り上げ。 明日帰る学生さんもいるので、学生さん達はなかなか深い振りかえりをしていました。私も時折参加。

■漁業視察 室浜~大槌~根浜 (高木、中村)
 東京から大手企画会社Hから三人が1泊2日で来訪。これを機会に、お二人の漁師さん前川さん(根浜)、柏崎さん(片岸)に被災した片岸と室浜漁港を直接見学しながら、漁業の被災状況とこれからについて、ヒアリング。

600人いた東釜石漁協の約三分の一,200人近い漁師さんが亡くなっているか行方不明となっています。漁具も漁船も流されて、漁師をやめる人も数多くでそうです。その中でも、大槌湾に森から注ぐ川からの恵みがあるからこそ、豊かな漁業があったことを知る、海が好きな漁師さんは、たとえ小人数になろうと漁業の再開を強く望んでいます。
まずは、漁はワカメの養殖からスタート。この災害をきっかけに消費者とつながった流通も開拓が必要です。

根浜海岸では、山林まで入り込んでいる津波で陸上に持ち上げられたモノ達が散乱していることもわかりました。いよいよ、清掃活動を本格化に突入・・・

■その他
・民泊先へのお礼
・基幹集落センターからの引越し打ち合わせ・・橋野地区の旧保育園へ
・狸小路の五右衛門ラーメンが上栗林避難所にやってきました。
高木

 

※現地コーディネーター(被災者)の活動は、札幌市の「さぽーとほっと基金」の助成を受けました。ありがとうございました。


宝来館の女将

2011年05月03日 | 被災地情報

猛烈なパワーを持って、鵜住居・根浜へ元気を注入しています。ご自身も被災者なのに、このパワーはどこから出てくるのだろう・・・「人間ってすごい!」と感じさせてくれる方です。彼女の経営する宝来館が再開されることは地域大きな復興シンボルとなるでしょう。

 

建物は2階まで波をかぶり、一階の什器、調度品は全て失われましたが、躯体の損傷は意外に少なく、建屋はそのままに再生が可能です。これは奥尻島の被災地を訪れて、その津波の威力を知り、建物を耐震・対津波構造にしたためです。また、やや高台にあった、松林があった、海に突き出た陸地の小さな先端部にあり、引き波の強さが弱かったなども功を奏しているかもしれません。

 

しかし、宝来館から降りた両側の集落は壊滅状態です。元あった漁村と自然の風景がいつもどるかは、正直見通しが立っていません。旅館の再生は並大抵のことではありません。

5年かかるかもしれません・・・もっとかもしれません・・。

 

が、必ず・・元通りとはなりませんが、人が自然に関わり、新たな姿がうまれているハズだ! と信じることはできます。

 

信じることから始めねば、立ち上がることはできません!

 

 

それにしても、ハマナスと言え、女将が奥尻震災を教訓としていた、近辺漁港のホタテ養殖の幼貝は石狩以北から仕入れている・・など北海道との関係性がいろいろと出てきます。


久しぶり晴れました

2011年04月25日 | 被災地情報

久々に晴れたので、神社へ行ってみました。

少しボール遊びをしたあと、センターへ

「初めて卓球をした」とはまってました。

小学校へ戻ると、花巻の温泉水の足湯が始まっていたので、

足がふやけるまで気持ちよさそうに浸かっていました。

                              山田

                           


かっぽうぎ 根強い人気です

2011年04月22日 | 被災地情報

みなさまから およせいただいた 「かっぽうぎ」

現地で非常に人気です。北海道ではなじみが薄いですが・・。東北はかっぽうぎ文化??

なのでしょうか?特に家の掃除などをはじまっている大槌町などでのフリマではあっという間にはけてしまいます。

札幌市幌西 地区町内会のみなさまからいただいたかっぽうぎをねおす会員の吉崎さんがわざわざ届けて下さいました。(そのまま 泊って いろいろとお手伝いもいただきました)

ありがとうございました!!                                 宮本

 


こぶくろ喜ばれております!!

2011年04月22日 | 被災地情報

報告が遅くなりましたが、

長谷川産業株式会社、山の店秀岳荘、合同会社のこたべ さまに

ご協力いただいた 「こぶくろ」 第2段は 釜石市栗林小学校に避難している方々

を中心にお届けいたしました。個人で持っていたい生活雑貨、消耗品は

相変わらず、大人気でした。 避難所近くでは「のこたべ手ぬぐい」をまいている

方もお見かけするようになりました。                        宮本

 

 


感謝

2011年04月16日 | 被災地情報

3月13日から、釜石入りし、一ヶ月以上が経ちました。

明日、大槌での託児サポート後、一旦、北海道に帰ります。

たくさんの方々に支援に来ていただき、本当に心から感謝しています。

避難している方々も本当に感謝しています。

避難所に来たばかりのときは、

不安とこれからのことへの絶望だらけだった人たち。

私の家族、親戚もそうでした。

 

でもたくさんの方々が応援、支援してくださっていることを

私たちのやり方で伝えたり、渡してきました。

被災されている方々はその想いを受け取っていますし、

そこから勇気や希望、笑顔を見出してきています。

ありがとうだけでは伝えきれないほどの想いです。

感謝!ありがとうございます

 

被災地、被災者の様子、ニーズなどは

一日一日が少しずつ変化していっています。

また私が釜石に戻ってくるころにも変化が見られるのでしょう。

一日一日増えていった笑顔が

これからもどんどん増えていってほしいです。

 

柏崎

 


カーシェアリング

2011年04月15日 | 被災地情報

カーシェアリングを札幌で展開している(株)ウィンド・カー の須賀原社長と面談してきました。一台の車を複数の人達が利用するシステムです。

 

被災者の多くは車を失っています。都会と違って、どこに行くにも車が必要な沿岸の田舎の被災です。避難所生活が始まり、罹災者証明も取れ、失くした自動車免許所が特例で再発行されても、車がありません。釜石では無料送迎バスも頻繁に運行されるようになりましたが、やはり定時の時間に行動は制約されます。

 

車がない避難所の方々は、車が流失しなかった人にお願いし借りる、または相乗りで用足しに出かけています。 自分の用事を、自分が必要な時間を使ってすることは困難です。私達が現地で使っている車両を貸し出すことも考えましたが、事故があった場合などを考えると補償問題など面倒なこともあり、躊躇していました。

 

そこで、ウィンドカー(カーシェアリング)事業を展開している、同社にご相談をしました。 ちょうど・・須賀原社長も、同様な支援を考えていらしゃった矢先で、明日にでも東北へでかけようとしていたとのこと。

 

トントントンと話が進みました。このシステムを導入するには、若干の課題もありますが、私達も協力すると実施できそうなことがわかりました。

 

イニシャルコスト、手続きの問題・・これらを私達も協働し解決し、今月中にはモデル的試行を開始したいと思います。


上栗林集会所(避難所)3月28日

2011年03月27日 | 被災地情報
「おめもひかりさないときにくればたいしたよかったのに」
「俺の頭を見て言ってるよね」「おじさんも冗談いえるなら もう大丈夫だよ」
「次は酒さもってこねばだめだよ」「はいはい」
少し余裕が出てきたのか。こちらが馴染んできたのか。ちょっと明るい雰囲気がでてきました。

写真の右が今回実家が被災しながらも地域のためにがんばる ねおす 柏崎
写真左 地元のおじさんと区別がつかない??のが 私 宮本です。

この集会所には川下にある片岸地区の方が現在70人ほど避難しております。

3/25 バザーの様子

2011年03月26日 | 被災地情報
今日はバザーの日

私たちが入っている栗林地区の物資の配布が一段落したようなので、
他の地域のニーズを探りに行きました。トラック3台が様々な物資を積んで出発。

山梨の都留文科大学の高田先生、加藤大悟さん、岩木山自然学校からも物資が到着。協働輸送部隊となって大槌地区へ行きました。ここは、町全体が津波の被害にあった地域です。

岩木山自然学校の高田さんはスタッフの食事をつくってボランティアのボランティア支援に入ってくださっています。

これまでは避難所単位で同一の大量の物品を届けていましたが、これからは個別のニーズに応えるバザー形式。
一律で同じものを届けるのではなく、ほしいものを選んでもらいました。

(クリックすると大きい画像で見られます)

また、今後どのようなものが必要なのかを知るために、バザーに来た皆さんには、何
がほしいかをボードに書いてもらいました!


物資の提供に関しては、支給されるものと、被災地でほしいものが違うことが課題です。
せっかく集まった物資を一律に配っても、返却されたり、部屋の隅に高く積まれたり
している現状がありました。それをどうにかしたいという思いで考え出したアイディアです。

次の会場は、自衛隊風呂の横。数日前から自衛隊がお風呂を提供しています。
そこには、指定された避難所の人たちが日替わりでやってきます。そこでもバザーを出させてもらいました。

何と、こちらの自衛隊は千歳から来たとのこと。
「黒松内ぶなの森自然学校」と 札幌ナンバーをみて声をかけてくれました。

どちらのバザーも1時間以内ですべてが無くなりました。
このやり方は、なかなか良いことがわかりました。

皆さんからのご支援は、このような形で現地に届けさせてもらいました。
こちらの皆さんからは、何度も何度もお礼を頂いています。

荒井

3/25 夜ミーティングの様子です。

2011年03月26日 | 被災地情報
大槌地区方面へニーズの把握と物品のバザーへ行ったチーム
栗林地区の状況をまとめ、明日の炊き出し予定と必要物品の整理をしたチーム
釜石の社会福祉協議会や地域の町内会長、消防団長と今後のボランティア活動や施設利用の打ち合わせをしたチーム
での情報共有をおこないました。

今日のミーティング風景



4つの施設の状況を共有


バザーを実施した地区で、皆さんに何がほしいかを書いてもらった結果です。



明日26日は
 子どもチームは、児童館では子どもの受入れ
 炊き出しチーム、300人が避難している栗林小学校で豚汁提供
 物資配布チームは、自衛隊の仮設風呂の横でのバザー をおこないます。


荒井