bowbowのゆううつ~Returns

双極性障害Ⅱ型(躁うつ病)サバイバー&共生模索中のbowbowの日常。

精神病はこころの病ではなく脳の病。

2013-12-07 15:32:36 | 双極性障害・躁うつ病

何日か前に、朝の番組であるNHK「朝イチ」で統合失調症について特集していた。

統合失調症は100人にひとり罹る本来は珍しくない病気である。しかし所「陽性状態」のときには、幻聴や幻覚により特異な行動を取ったりするために「キチガイ」扱いをされ、また家族もその病気を隠したがる。「陰性状態」のときには何の気力もなく家で閉じこもることが多い。

「あさイチ」でも言っていたが未だはっきりとした原因は解明されておらず、抗精神病薬によって病状をコントロールする対処療法しかなく、根本治療は確立されていない。

ただ、双極性障害でもそうであるが、脳内でドーパミン等の脳内物質が異常増殖していることはある程度判ってきている。昔は「精神病」というと社会的にも家族的にも受け入れがたいことばであって、それ故に「こころの病」という言葉が使われるようになった。けれど僕も含む精神病患者は「こころ」が病んでいるわけではないのだ。

もちろん、適切な治療を受けられなかったり、病気に波があったりして、異常な興奮状態を起こすことはある。しかしそれは脳が異常な状態であるだけで、こころが異常であるわけではない。ボクが通うデイケアで出会う人たちはみな人の傷みを理解する心優しき人々である。

双極性障害研究者の加藤忠史氏が主張するように、精神病は「脳という臓器の病」なのだと思う。このことは脳研究が進んでいけば今以上にはっきりとした研究結果が発表されるはずである。

統合失調症は20才前後から30才にかけて発病する病である。そして薬の開発が進んでいる現在、発見が早ければ社会復帰も可能だ。100人にひとりの病なのだから、会社でひとりくらい統合失調症の人が働いていても本当はおかしくない。

ふつうに精神障害者が社会の中にいる、そんな時代がくればいいなと思う。

 

   ◯ あさイチ:統合失調症 治療は?家族は?


「どうしちゃったの?」と尋ねられる双極性Ⅱ障害(躁うつ病)。

2013-11-16 09:13:48 | 双極性障害・躁うつ病

昔、仕事をしているときには、「うつ病」と診断されていた。従って、抗うつ剤(SSRIなど)を処方され、なんとかかんとか仕事をしていた。

状態が寛解(病状の軽減・消失)しているときに、トラブルを起こしてしまった。そのときに何人かの人たちに「bowbowさん、どうしちゃったの?」と尋ねられた。

こちらとしては、至極まっとうに仕事をしているつもりであったが、たぶんそのときには双極性障害(躁うつ病)でいうところの「軽躁状態」で、抗うつ剤もあいまって軽い躁状態であったと思う。その意味で、双極性障害(躁うつ病)にとって、抗うつ剤は結構やばい薬である。

震災の頃、松本龍復興大臣が宮城県知事に対して奇行を行い更迭されたが、あれは後に九州大学病院によって「双極性障害」の「躁状態」と診断をされた。ボクも彼の状態に近かったのかもしれない。

その後、地元にもどって医者を替わったときに、抗うつ剤を結構たくさん処方され、その時には酷い躁転をしてしまい、電話をしまっくったりモノを壊したり自傷行為をしたりと、大立ち回りをしてしまった。悲劇的なのはこの躁転で自分が躁うつ病であることを認識したことである。友人や家族からの信頼をそうした行為で失ってしまった。

双極性障害(躁うつ病)は自覚しづらい病気である。だって、躁状態のとき、特に軽躁の状態の時には、自分自身は「調子がよい」と感じているからだ。しかし放置していると次第に躁とうつの間隔が短くなったり、躁とうつの振れ幅が大きくなったりする。

自分の経験的には適切な治療を受けることができれば、双極性障害(躁うつ病)はコントロール可能な病気である。

しかしその病気を医者も本人も双極性障害(躁うつ病)と自覚するのに非常に時間がかかるというところに悲劇がある。

最近では脳モニターをすることで、双極性障害(躁うつ病)を診断することが可能になっているが、これは大病院にでもかからなければ診断はできない。もっと簡単に診断することができれば、双極性障害(躁うつ病)による悲劇は減るだろうと思う。


躁うつ病(双極性障害)と共生すること。

2013-10-19 08:24:51 | 双極性障害・躁うつ病

昨年、病院に入院してから一年が経過した。

双極性障害(躁うつ病)ではよくある話であるが、当初5年間位ボクの病気は「うつ病」と診断を受け、抗うつ剤と眠剤を処方されていた。

まじめに治療を受けていたが、地元に戻りあるクリニックにかかるようになったとき、その医者発言がボクの心に引っかかりを感じるようになり、診療を拒否する様になった。いま考えるとそれは双極性障害でよくあるイライラの症状のためであるとも思うのだが、一方ではその医者とは相性が悪かったとも思う。「双極性Ⅱ型」かもしれないと受診拒否をしだしたボクにその医者は言ってきて、処方も変更してきたのだが、薬は一般的な双極性障害への処方とは異なっており、症状も改善しなかった。元九州大学の神田橋先生が指摘するように、軽躁にしろ躁転にしろ病者への眼差しにその医者は問題であったように思う。ボクにとってその医者は「顔なし」に見えた。

よく臨床心理学などで、心理士はクライアントの「鏡」になることの必要が強調されるが、一方で、単なる「鏡」であるならば、あえて心理士が対面する必要があるのかという問いも出てくる。禅をしたり自己省察でよいのではないかという話になってしまう。

人格的な「鏡」であるからこそ、そこに内省が生じてくるのではないか。

現在、ボクが診察を受けているクリニックの医者は人格丸出しである。少なくともボクにとっては人格丸出しのいまの医者の方が合っている。その医者は精神医療の世界で言えば「馬鹿な医者」であるので、徹底的にクライアントの話を聞く。始めの頃は診察が30分を越えるのは当たり前だった。診断書を書くときも、しばしば精神医療の世界では病名を書いた数行のものが多いが、うちの医者は患者を同席させて目の前で診断書を書く。しかも診断書の欄外にも書かなくてはならないほど詳細な診断書を書く。そしてその内容を患者に読み聞かせ同意を取る。これまた時間がかかる。

普通、精神科クリニックでは「5分診療」などとよく言われるが、うちの医者にはその言葉はまったく当たらない不適当な言葉である。

不思議なことに、去年の入院から次第に症状が安定してきた。あれほど強かった希死念慮もかなり減っている。30分以上毎回診察していたが、近頃では10分くらいの時間に減ってきている。

自分に合った医者、あるいは適切な治療努力というものが如何に大切かを、入院から一年経って思い知らされている。

ちょっと文句があるとすれば、多少の副作用が残っていることである。まあ、これは仕方がない。手の震えや頭が回転しないことなどあるが、躁状態やうつ状態になることを防ぐ薬を飲んでいるのだから。

一生付き合っていかなければならない病気ではあるのだが、その病気と共生していくことは不可能ではないと最近思っている。


女子校の学園祭。

2013-09-24 08:51:15 | 双極性障害・躁うつ病

昨日、知人と3人で女子校の学泉祭にいった。

たぶん20年余ぶりくらいにその学校の学園祭に行ったので、随分と建物は変っていた。

その学校に通っている女の子たちの発表を見に行ったのだが、「自分にもこんな時期があったのだなぁ~」となんとなく感慨にふけってしまった。

そういえば、自分の高校時代は合唱団のコンサートで2年のとき引退したのに、3年になっても友達とロック喫茶とYMOのコピーバンドをやってしまった。物を運ぶのに免許を取ったばかりの友人の車を使ったのだが、自損事故を起こしてしまい、みんなで割り勘で車の修理代を出したことなんかを思い出した。

入り浸っていた喫茶店では、なぜが制服でもたばこがOKで、ときどき学校の先生たちが検閲に飛び込んできたが、マスターがよく誤魔化してくれた。

あんまり高校時代はぱっとした想い出がないような気がしていたが、結構活動的だったんだなと、いまさらに思った。

昨日の学園祭の女の子たちも、大人になってからきっと感慨深く思い返すのだろうな。


障害年金申請通る。

2013-07-15 09:27:29 | 双極性障害・躁うつ病

障害年金申請が通ったという通知がきた。

偶数月2ヶ月に一度の受け取りと、事務手続きが50日かかるという事なので、実際の支払い開始は10月以降になりそうだ。

なんにしても、有り難い話である。

ちなみに等級は2級で狙い通りの等級であった。

役所関係の申請はどれも大変なことがつくづく判った。