いわきアッセンブリー教会ブログ 

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信じること

2018-08-31 | 日記

誰かを信じることの大切さ、素晴らしさは、何度も聞かされていることでしょう。

子育てにおいて、子供を信じて育てるのと、信じないで育てるのとでは大きな違いを生んでしまいます。
今は出来ないけれど、やがて出来るようになる。
今は人生で大切なことが分からないけれど、やがて分かるようになる。

未来から今のこどもを見るという視点でみると、その子を信じ、それが子育てに、忍耐という余裕を持たせてくれます。

最近、子どもがいつもやらないことを出来ていたことに、信じてよかったと感動したことを経験。
自分にとっても良いのですね。自分を生かすことにつながっているのだと思います。

信じること、、、軽視できないもの、侮るなかれ。


人々がもっと「誰かを信じる」ならば、世の中は間違いなく変わるのです。

自分の家族、友人、仲間なら、信じたいという人は多いでのでしょう。
しかし、もっと地域や社会が変わるためには、自分を憎む人、自分を貶める人、批判する人、罪人、失敗した人を信じることです。


未来から見、関わるために何が必要でしょうか。
愛(ゆるし)と忍耐、他者の尊厳を認めるが根底になければならないと思います。

誰かを信じると口先で言うことは容易いのですが、家族でさえ、信じることを実践することは難しいのです。
あなたはどのようにして信じることができるのでしょうか。






神様は私たち一人ひとりを誰よりも信じておられます。
私はそれを体験した一人です。そしてこんな罪人の私をゆるし、信じて生かしておられることを体験させられています。
そういう経験から、信じるということの素晴らしさを感じています。

あなたも信じられること、信じることの素晴らしさを体験し、家族、学校、職場、地域や国を変えて行きましょう。
私は○○を信じます!!












結局のところ

2018-08-18 | 日記

私たちクリスチャンは毎週礼拝を行います。
私たちにとっては欠かすことのできないものです。
それは、義務的な「~しなければならい」というものではなく、
もっと生き生きとした関係の中で行われるものです。
そういう神様との関係によって私たちの心は新しくされて行きます。
その一つは、自己否定の心から解放されて、自己肯定感を強められるということです。

自己肯定感は神様が一番です。なぜなら、、、


神のもとへ行くことこそが最善と信じます。

「結局のところ、・・・神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
神は善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。伝道者の書12:13-14」


誰の側で歩むか

2018-08-07 | 日記
夏と言えば、、、

個人的に高校野球は外すことのできない一つに挙げられます。
ただ、夏にこだわる必要もないという立場ですけど、、、、

中学生のとき、同じ学年の仲間らと野球をしていました。
和気藹々と楽しんでいたのですが、ある事が起きたのです。

私はサードの位置でバッターを見ていました。
その打席には、普段は秀才で何もかもが完璧のような彼が立っています。

カキーン!快音とともにボールは外野へ一直線。。

悔しい、、情景がぴったりの瞬間です。

しかし、次の瞬間、、、悔しいではなく、、、ほっこりとした気持ちに

なんと、、、彼は一塁ではなく三塁に走ってきたのです。
「えっ~」そこにいたほとんどの人の目が点になったのです。

いつもは、勉強もでき、他のこともすました顔で何でもこなす彼。
その彼の失敗を初めて目の当たりにして
完璧な人はいないという言葉は本当ではないかなと思えた記憶が、今でもよみがえってきます。



そういう中で、大人になってやっと気づくのです。
完璧に見える人であっても、欠点や問題はもっているものだということです。



私自身、主(神)に信仰をもって初めて、人と比較することがどれほど空しく、自分を否定することにつながっていたことに気づき、
主によって他者と比べない、主によって自分の存在を肯定できる日々を送らせていただいています。


すべての人間は自分自身が「肯定的になれる側」にいつもいることが大事なことなのです。



中学のときには思いもしなかったのですが、野球では打ったら一塁に走ることが正しいかもしれませんが、
人生においては、三塁側が進むべき道として正しいこともありえるのではないでしょうか。
そういうことを、彼に教えられたと思っています。

あなたがあなたらしく、肯定的に歩むことができる側へ進んで行きましょう。。。