存在と無が対立概念であるとしたら、「無が存在する(ある)」のは矛盾ではないか。だから、無があるとは言えない。無は存在物・存在者の欠如・否定(存在するものがない)としてしか認識・表現できない代物ではないか。
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 17:11
#存在 #無 #哲学… twitter.com/i/web/status/1…
私は、存在や無(存在しないもの)を超える概念を想定したいのだが、その概念がある(存在する)と考えてしまえば、いつまでたっても存在(や存在しないもの)の範囲にあることになり、存在(や存在しないもの)を超えて遠くへ行きつくことができな… twitter.com/i/web/status/1…
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 17:19
ところで、#御茶の水 駅の上のある大衆中華食堂の店員さんは、東南アジア系と思われる人が多いが、そのどの胸にも、「はい」と書いた名札が付いている。
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 17:34
#外国人労働者 #食堂 #店員 #外国人
「無が存在する」と言えるためには、存在と無は対立概念ではなく、存在は無さえ支える全ての基本概念であることになる。ではあらためて、無とは何か、そして存在とは何か?
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 20:35
#存在 #無 #哲学 #existence #nothing #philosophy
存在の問題を考えるときに注意しなくてはならないのは、存在するものと存在するという状態を表わすのは異なるということだと思う。
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 20:38
#存在 #無 #哲学 #existence #nothing #philosophy
我々は世界が現実に存在するということに関して毫も疑うことはない。しかし、世界が存在しないこともありうるのに、なぜ世界が存在することになったのか。我々はこの世界に誕生することによって初めて世界の存在の中で世界の存在を実感できる貴重な… twitter.com/i/web/status/1…
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 21:29
20日の夜は3時間しか眠れなかった。21日の夜は結局一睡もできなかった。その後も今に至るまで眠ることはなかった。さっきまで眠くなかったが、ようやくこの22日のこの時間になって眠気がきたようだ。意識モーローー ああ世界は夢か現か… wwww
— 山下景秋 (@kageyamashita) 2019年2月22日 - 21:48
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